片想い婚
それは今まで体験したことのないようなもので、自分でも戸惑った。
それから時間がたってもその黒いものは消えることなく、徐々に大きくなっていくことに気がついていた。決定的だったのは、結婚した天海さんの忘れ物を届けにきた藤田咲良を見た瞬間だ。
藤田綾乃とまるで似ていない少女に唖然とした。化粧気もなく、大学生どころか高校生に見えるかもしれない幼さ。自信なさげな瞳。自分が今まで目指してきた女性像とかけ離れている。
これまで、天海さんに少しでもよく思ってもらいたくて頑張ってきた。それなのに、まさか正反対の女性と結婚することになるなんて。
あまりに悲しくて悔しくて、口をひらけば棘のある言葉ばかりが漏れた。多分咲良も気づいていた、困ったように視線を落とすだけ。それでも私は止まれなかった。
藤田家という何不自由ないいい家に生まれ、そのおかげであの人と結婚できている。そんな考えが、どうしても私から拭えなかった。
会社の創立記念パーティーに夫婦で参加することになった二人は、仲良さそうに、それでいてどこかたどたどしい様子で会場にやってきた。
着飾った藤田咲良は、かわいらしかった。化粧映えする顔だちなのかもしれない。所作や振る舞いも文句がなく、やはりいいとこのお嬢様はなんだかんだ育ちがいいんだなと素直に思った。
でも口に出すのは悔しかったので、私はなるべく二人を見ないようにしていた。仕事に打ち込み、パーティーの進行や重要な仕事相手に挨拶をするのに必死で立ち回り、二人を視界から排除した。
そんな時、隅の方で壁にもたれている女性を見かけた。私は水を手に持ち、すぐさまその人の方へ向かった。
「奥様、大丈夫ですか? ご気分でも?」
天海さんのお母様、つまりは現社長の奥様が、暗い顔をしているのに気がついた。彼女は私に力無い微笑みを返し、水を受け取ってくれる。
「ありがとう、気がきくわね」
「いいえ。人酔いでしょうか。一旦出られますか?」
「いいの、原因はわかってるから」
そういう彼女の冷たい視線の先を見てみると、あの二人がいた。誰かと談笑しているようで、並んで笑っている。そんな姿を見ただけでずきりと胸が痛んだ。
奥様は言う。
「どう思いますか、あれを」
「え? ええ……咲良さんは初めてのパーティーですよね、よく頑張られているのでは」
「あなたにはあれが夫婦に見えますか? 私には兄と妹にしか見えません」
奥様の言葉をきき、私も再び二人を見た。突然結婚することになった夫婦だ、馴れ合ってる方が不自然。もとは姉の婚約者なのだし、やや距離があるのも当然と言える。
今日は着飾って大人びた咲良だが、あどけなさは残っている。年の差もあり、二人が兄妹に見えるのも仕方ないことでもあった。奥様は続ける。
「まあ、今日はうまく化けていると思いますよ。でも私は知ってるんです。あの子は幼い頃から人見知りもすごいし内気な子で。挨拶もうまくできず人の後ろに隠れるようなことばかり。蒼一がそれをフォローしていたけれど、だから兄妹にしか見えないのかしら」
「まあ、お二人は年も少し離れていらっしゃるから」
私の言葉に、奥様ははあと大きなため息を漏らした。そっちを見てみると、彼女は私が持ってきた水を一口飲んで言った。
「あなたが蒼一の相手だったらよかったのに」
その言葉を聞いた途端、ぎりぎりだった自分の心が破裂した気がした。ずっと渦巻いていた黒い感情がなお膨れ上がる。それは私の全身を包んで支配する感覚だった。
天海さんの隣が私だったら。そう、あの人の母親が言ってくれている。
彼のために努力を重ねた毎日だった。役に立ちたくて、少しでも好かれたくて、必死に頑張った日だった。それを奥様だけがわかってくれる気がした。
どうしても、あの人の隣にいたい。
拳を強く握りしめた。わかっている、奥様が漏らしたあんな一言に深い意味はない。多分藤田咲良を気に入らないから、私を引き合いに出しているだけなのだ。
それでも、私の崩れた心はもう元には戻らなかった。
パーティーが終了した後、天海さんにそれとなく夫婦について尋ねると、言いにくそうに言葉を濁された。ああ、やっぱり奥様の言うように夫婦としてはうまくいっていないんだと再確認する。
それでも、私がここで天海さんに告白したとしても受け入れてもらえないことは百も承知だった。彼は真っ直ぐで決して人を裏切るような真似はしない。そう思うと私も告白はできずにいた。
ふと思い立ち、藤田咲良の素行調査をプロに依頼してみた。もし何かあれば、天海さんも夫婦について考え直してくれるかもしれない。そんな浅はかな考えだった。
とはいえ、あの藤田咲良がそんな変な情報を持っているとは思えなかった。見ていればわかる、彼女は男遊びをするようなタイプではないだろうし、どう見ても育ちのいいお嬢様だからだ。私は特に期待せずに調査報告を待っていた。
ところが、だ。