片想い婚
ちなみに山下さんが家政婦として来ることはなくなったが、完全に彼女に懐いた私は月に一度、山下さんのお宅にお邪魔して料理を習っている。まだまだ教えてもらうことはたくさんあるし、何より会えなくなるのは寂しい。
「バイト慣れた?」
「はい、楽しくなってきました。バイト仲間とも親しくなれて」
「ふーん、大丈夫なの?」
肘をついて私を座った目で見てくる彼に、私は頬を膨らませた。
「私ちゃんと働けてますよ! 最近はもう一人前に動けてるって店長さんも」
「あー違う違う。咲良ちゃんの仕事ぶりは心配してないよ。
変な男に言い寄られてないかなって心配してるの」
彼はそんなことをやけに真剣な顔で言った。私はキョトンとしてしまう。
「え、えええ?」
「何かあったらすぐ言うんだよ」
「何もありませんよ! 私なんて、そんなの」
「咲良ちゃんは可愛いからモテるよ、僕は知ってる。だから心配してるの、変な虫がつかないかなーって」
私が可愛い、なんて絶対有り得ないことなのに、蒼一さんはよくそう口に出してくれる。どこをどう見ても平々凡々な私がモテるなんてありえないことなのだが、蒼一さんって美意識ズレているんだろうか。鏡見てほしい。
それでも彼は真顔で続ける。
「言ったでしょ、僕嫉妬深いって。呆れるかな」
「はあ……大歓迎なんで呆れるとかはないですが、なんていうか心配です」
「え?」
「蒼一さんの趣味が」
彼はようやく声を上げて笑った。私も釣られて笑ってしまう。リビングに二人の声が重なって響いた。蒼一さんは目に浮かんだ涙を人差し指で拭きながら言う。
「ていうか、お互い可愛いとかかっこいいとか言い合って何してんのって感じだね」
「あは、確かに」
「話はこの辺にしといて。今日何かやりたいことある?」
言われて考える。せっかくの日曜日、でも特にやりたいことなんてなかったなあ。昨日は二人で街に買い物に出かけたし、今日は近くのスーパーに行きたいくらいだ。
私は素直にそれを告げる。
「スーパー行くぐらいで、あとは特にないです」
「そっか、じゃあスーパーだけ行ってあとはゆっくりしよう」
「賛成!」
二人で出かける時間も好きだけれど、家でゆっくりするのも実はすごく好きだ。なんだかオフの蒼一さんは気が抜けててどこか可愛い。なんてことないテレビを眺めたり、なんてことない話をしたりする時間がとても幸せなのだ。
早めに買い物は行ってしまおう、と思いワクワクしていると、彼が思い出したように私に言った。
「あ、そうだ。ゆっくりしようって言ったばかりで申し訳ないんだけど、僕ちょっと希望があるんだけど」
私の顔を覗き込む彼を見て首を傾げる。蒼一さんは優しく微笑みながら、どこか子供のような表情で言った。
「ずっとお願いしたかったんだけど……。
ケーキ、食べたいんだ」
二人で買い物に行って色々な材料を購入する。生クリームに真っ赤な苺も忘れてはならない。そのまま帰宅すると、私は早速作業に取り掛かった。
手伝う、といった蒼一さんの申し出をありがたく思いながらも断った。これはとっくに過ぎた蒼一さんの誕生日のやり直しなのだ。私が全て作り上げたかった。
あの日、蒼一さんの言葉より他の人間のことを信じてしまった。そして彼に渡すことが出来なかったケーキ。ゴミ箱に行ってしまったあのケーキに謝りたい。
今ならもう同じ過ちは繰り返さない。私たちは思ったことをなんでも言葉にして伝え合うように心掛けている。それでもすれ違うこともあるかもしれない、でも何もせず黙っているよりずっとマシなのだ。
弱くて何も言えなかった当時の自分が懐かしい。あんな風にはもう絶対ならないという決意を、今日また誓う。
「すごい! 思った以上に本格的だった!」
数時間の時間をかけて出来上がったそれを見て、蒼一さんは目をまん丸にして声を上げた。私は久々にチャレンジしたこともあり、無事成功したことにほっと胸を撫で下ろす。前回は山下さんもいたから、一人で作るのは初めてだった。
ダイニングテーブルの上にホールケーキを置き二人でそれを囲む。蒼一さんは目を輝かせてスマホを取り出し何枚も写真を取り出した。想像以上の反応に私も笑ってしまう。
「撮りすぎです、歪なところもいっぱいあるからやめてください」
「待ち受けにするね」
「やめて!」
「じゃあこの前撮った咲良ちゃんの寝顔を」
「いつのまに撮ったんですかそんなのー!!」
私が慌ててスマホを取り上げようとするのを蒼一さんが笑う。わかってきたことだけど、彼は普段あんなに大人でビシッとしてるのにプライベートは意外と子供っぽい。よく笑うし私をからかってくる。夕飯に好物が出ると嬉しそうにするし一度気に入ったお菓子はずっと食べてる。
「バイト慣れた?」
「はい、楽しくなってきました。バイト仲間とも親しくなれて」
「ふーん、大丈夫なの?」
肘をついて私を座った目で見てくる彼に、私は頬を膨らませた。
「私ちゃんと働けてますよ! 最近はもう一人前に動けてるって店長さんも」
「あー違う違う。咲良ちゃんの仕事ぶりは心配してないよ。
変な男に言い寄られてないかなって心配してるの」
彼はそんなことをやけに真剣な顔で言った。私はキョトンとしてしまう。
「え、えええ?」
「何かあったらすぐ言うんだよ」
「何もありませんよ! 私なんて、そんなの」
「咲良ちゃんは可愛いからモテるよ、僕は知ってる。だから心配してるの、変な虫がつかないかなーって」
私が可愛い、なんて絶対有り得ないことなのに、蒼一さんはよくそう口に出してくれる。どこをどう見ても平々凡々な私がモテるなんてありえないことなのだが、蒼一さんって美意識ズレているんだろうか。鏡見てほしい。
それでも彼は真顔で続ける。
「言ったでしょ、僕嫉妬深いって。呆れるかな」
「はあ……大歓迎なんで呆れるとかはないですが、なんていうか心配です」
「え?」
「蒼一さんの趣味が」
彼はようやく声を上げて笑った。私も釣られて笑ってしまう。リビングに二人の声が重なって響いた。蒼一さんは目に浮かんだ涙を人差し指で拭きながら言う。
「ていうか、お互い可愛いとかかっこいいとか言い合って何してんのって感じだね」
「あは、確かに」
「話はこの辺にしといて。今日何かやりたいことある?」
言われて考える。せっかくの日曜日、でも特にやりたいことなんてなかったなあ。昨日は二人で街に買い物に出かけたし、今日は近くのスーパーに行きたいくらいだ。
私は素直にそれを告げる。
「スーパー行くぐらいで、あとは特にないです」
「そっか、じゃあスーパーだけ行ってあとはゆっくりしよう」
「賛成!」
二人で出かける時間も好きだけれど、家でゆっくりするのも実はすごく好きだ。なんだかオフの蒼一さんは気が抜けててどこか可愛い。なんてことないテレビを眺めたり、なんてことない話をしたりする時間がとても幸せなのだ。
早めに買い物は行ってしまおう、と思いワクワクしていると、彼が思い出したように私に言った。
「あ、そうだ。ゆっくりしようって言ったばかりで申し訳ないんだけど、僕ちょっと希望があるんだけど」
私の顔を覗き込む彼を見て首を傾げる。蒼一さんは優しく微笑みながら、どこか子供のような表情で言った。
「ずっとお願いしたかったんだけど……。
ケーキ、食べたいんだ」
二人で買い物に行って色々な材料を購入する。生クリームに真っ赤な苺も忘れてはならない。そのまま帰宅すると、私は早速作業に取り掛かった。
手伝う、といった蒼一さんの申し出をありがたく思いながらも断った。これはとっくに過ぎた蒼一さんの誕生日のやり直しなのだ。私が全て作り上げたかった。
あの日、蒼一さんの言葉より他の人間のことを信じてしまった。そして彼に渡すことが出来なかったケーキ。ゴミ箱に行ってしまったあのケーキに謝りたい。
今ならもう同じ過ちは繰り返さない。私たちは思ったことをなんでも言葉にして伝え合うように心掛けている。それでもすれ違うこともあるかもしれない、でも何もせず黙っているよりずっとマシなのだ。
弱くて何も言えなかった当時の自分が懐かしい。あんな風にはもう絶対ならないという決意を、今日また誓う。
「すごい! 思った以上に本格的だった!」
数時間の時間をかけて出来上がったそれを見て、蒼一さんは目をまん丸にして声を上げた。私は久々にチャレンジしたこともあり、無事成功したことにほっと胸を撫で下ろす。前回は山下さんもいたから、一人で作るのは初めてだった。
ダイニングテーブルの上にホールケーキを置き二人でそれを囲む。蒼一さんは目を輝かせてスマホを取り出し何枚も写真を取り出した。想像以上の反応に私も笑ってしまう。
「撮りすぎです、歪なところもいっぱいあるからやめてください」
「待ち受けにするね」
「やめて!」
「じゃあこの前撮った咲良ちゃんの寝顔を」
「いつのまに撮ったんですかそんなのー!!」
私が慌ててスマホを取り上げようとするのを蒼一さんが笑う。わかってきたことだけど、彼は普段あんなに大人でビシッとしてるのにプライベートは意外と子供っぽい。よく笑うし私をからかってくる。夕飯に好物が出ると嬉しそうにするし一度気に入ったお菓子はずっと食べてる。