片想い婚
会社へ着き長い廊下を歩いているとき、すれ違う人々の好奇の視線に気づいた。
それは今に始まったことではなかった。そう、あの結婚式以降、会社の人たちはコソコソと噂をしている。
父が経営する会社の跡継ぎである私の式となれば、多くの招待客がいた。もちろん社内にいる者も。そこで、当日花嫁が変わったなどと面白い展開となれば、そりゃみんな口々に噂するだろう。
なぜかは分からないが、元々みんな綾乃のことを知っていた。それが式当日、できたのは妹の方だった……面白いだろうな。
でもそんな視線、覚悟していたし別になんとも思わない。私は自分が本当に結婚したい人と結婚できた、それも自分が仕向けて。真実はそれだけなのだ。
ふうと息を吐きながら歩みを進めると、朝から自販機の前に女性社員が数名集まっていた。彼女たちは面白そうに笑って話している。
「やっぱりさ、天海さんの結婚相手、妹の方だったらしいよ!」
「えー!」
「まだ二十二歳なんだって。元々の婚約者の藤田綾乃に比べるとなんか地味っ子だよ、全然似合ってない!」
「それってうちらチャンスあるかなー? ていうかあんな優良物件から逃げるとか、どんな心境なの婚約者ー!」
「一応新婚だけど絶対上手くいきっこないよねー」
「チャンスとも言える!」
つい足を止めて、にぎやかな声の方を見つめていた。無言でそちらをじっと眺めていると、一人の女性社員が私の視線に気がつき、はっとした顔になった。
全員が振り返り私の存在を認識すると、顔を赤くさせて戸惑っていた。そんな彼女たちに何も言わず、私は少しだけ口角を上げて見せた。
無言で必死に頭を下げてくる彼女たちを置いてそのまま歩きを続ける。
くだらない。そう思っていた。
仕事は嫌いじゃない。会社をいずれ継ぐことも反発したことはないし、全てにおいてやりがいを感じてこなせている。
私は私のやるべきことさえやっていればいい。第三者の目や噂などどうでもいい。
「天海さん!」
背後から名前を呼ばれる。振り返ると、一人の女性が駆け寄ってきた。
ビシッとスーツを着こなし、セミロングの髪を揺らして歩いてくるその人は、新田茉莉子という仕事の仲間だった。キリッとした強い眼光を持った大人の女性で、年は私より一つ下だったか。
ハキハキとしてなんでもそつなくこなす彼女は、なんだか綾乃に似ている人だった。