片想い婚
「蓮也! 変なこと言わないで!」
「別に真実じゃん」
「そ、そうだけど」
「咲良が気使う必要ないだろ。形だけの婚姻関係って言ってたし」
「でも、同居人状態でも上手くやっていきたいの!」
「……それは、まあ」
口ごもる蓮也に一度睨んで念を押すと、くるりと振り返り蒼一さんの方をみた。その瞬間、どきりと胸が鳴る。
普段、柔らかい表情でいつも笑っている彼が、どこか冷たい視線でこちらをみていた。今まであんな顔は見たことがない、と一瞬戸惑った。
幼い頃からニコニコ面倒見のいいお兄ちゃん。そんな印象だった蒼一さんの、初めてみる顔。
いや、初対面であんな失礼なことを言われたらさすがの蒼一さんも機嫌を損ねるのも無理はないか。私は慌てて頭を下げた。
「蒼一さん、すみません、蓮也に悪気はないんですけどちょっと口悪くて……!」
隣の蓮也は一緒に謝る様子もなく、むすっとしているだけだ。蓮也はアホだけど、どちらかといえば誰にでも懐っこくていい子なのに、今日は随分と態度が悪い。まあ、私のために怒ってくれているのもわかるのだけれど。
蒼一さんは一瞬、少しだけ目を細めた。けれどすぐにいつものように口角を上げる。
「ううん、お友達からすれば反感を買うのもわかるから。気にしないで」
「すみません……」
「咲良ちゃんが謝ることじゃないから」
とりあえずこの変な空気をなんとかせねば、と強く思う。私はわざとらしく腕時計を眺めると、これまたわざとらしく大きな声で言った。
「あ! ランチの予約の時間が! えっと、蓮也ごめんまたね、今度電話する!」
蓮也は何も答えず、ただじっと隣の蒼一さんを見つめていた。私は蒼一さんの袖を少し引っ張って、そのまま蓮也に背を向ける。
「じゃあ、蓮也くん、また」
蒼一さんは短くそう告げた。ほっとして二人歩き出す。
少し進んでちらりと後ろを振り返ってみたら、蓮也の後ろ姿が小さく見えた。反対方向に行ったらしい。私は胸を撫で下ろす。
ああもう。蓮也に電話でもう一度非難しなきゃ。私のためとはいえ、蒼一さんに変な態度取るのやめてって。
「仲良いんだね。電話とかよくするんだ」
隣の蒼一さんが言った。私はもう一度謝罪する。
「本当にすみません、蓮也根はいいやつなんです。なんていうか、その」
「わかるよ。姉の身代わりに嫁がされたなんて、友達なら怒って当然だ。彼は悪くないし、友達思いのいい子だと思うよ」
大人な発言に安心した。さすが蒼一さんだな、と思う。普通なら怒っちゃうところだろうに。彼はまっすぐ前を向いたまま小さくつぶやく。
「まあ、あれは友達思い、っていうか……」
「え?」
「中学からずっと一緒なんだ?」
「はい、そうです。長い付き合いです」
「咲良ちゃんの表情みてわかるよ、随分気を許してるんだなって」
「あはは、腐れ縁ですからね」
「そっか、仲良い子か。そっか」
蒼一さんは呟くようにそう言った。
ランチは美味しいお店で舌鼓を打った。映画もランチもスマートに予約して誘導してくれる蒼一さんはやっぱり大人な男性という感じがした。
その後二人で家具屋に向かい、ついに私のベッドを購入した。蒼一さんは色々なものを見て迷ってくれたけど、正直私は何でもよかったのですぐに決めた。
到着するまで二週間要するとのことで、それまでは今のまま二人で寝ることになる。たった二週間じゃきっと私たちの関係は何も変わらない。
これからはおやすみなさい、と挨拶を交わせば別々の部屋に入る。
夫婦なんかじゃない、ただの同居人の光景になる。
ベッドを購入した後は、適当な雑貨屋さんで食器や足りない調理器具などを購入した。可愛いブリザードフラワーなども買って家に飾ろうと話す。その会話一つ一つがとても幸せだった。
さてそろそろ帰宅しようか、となったとき、蒼一さんが思い出したようにある店に入っていった。彼について行くと、ふわりといい香りが鼻につく。そこは紅茶専門店だった。
「わ……いい匂い」
店内に足を踏み入れて驚いていると、蒼一さんが振り返って笑う。
「咲良ちゃん紅茶好きなんでしょ? 色々買ってみようよ」
「覚えててくれたんですか」
確かにコーヒーが苦手で朝はよく紅茶を飲んでいる。家にはあまり紅茶はないから、好きなの買っておいていいよと言われたものの、結局私は買いに行けていなかった。
「別に真実じゃん」
「そ、そうだけど」
「咲良が気使う必要ないだろ。形だけの婚姻関係って言ってたし」
「でも、同居人状態でも上手くやっていきたいの!」
「……それは、まあ」
口ごもる蓮也に一度睨んで念を押すと、くるりと振り返り蒼一さんの方をみた。その瞬間、どきりと胸が鳴る。
普段、柔らかい表情でいつも笑っている彼が、どこか冷たい視線でこちらをみていた。今まであんな顔は見たことがない、と一瞬戸惑った。
幼い頃からニコニコ面倒見のいいお兄ちゃん。そんな印象だった蒼一さんの、初めてみる顔。
いや、初対面であんな失礼なことを言われたらさすがの蒼一さんも機嫌を損ねるのも無理はないか。私は慌てて頭を下げた。
「蒼一さん、すみません、蓮也に悪気はないんですけどちょっと口悪くて……!」
隣の蓮也は一緒に謝る様子もなく、むすっとしているだけだ。蓮也はアホだけど、どちらかといえば誰にでも懐っこくていい子なのに、今日は随分と態度が悪い。まあ、私のために怒ってくれているのもわかるのだけれど。
蒼一さんは一瞬、少しだけ目を細めた。けれどすぐにいつものように口角を上げる。
「ううん、お友達からすれば反感を買うのもわかるから。気にしないで」
「すみません……」
「咲良ちゃんが謝ることじゃないから」
とりあえずこの変な空気をなんとかせねば、と強く思う。私はわざとらしく腕時計を眺めると、これまたわざとらしく大きな声で言った。
「あ! ランチの予約の時間が! えっと、蓮也ごめんまたね、今度電話する!」
蓮也は何も答えず、ただじっと隣の蒼一さんを見つめていた。私は蒼一さんの袖を少し引っ張って、そのまま蓮也に背を向ける。
「じゃあ、蓮也くん、また」
蒼一さんは短くそう告げた。ほっとして二人歩き出す。
少し進んでちらりと後ろを振り返ってみたら、蓮也の後ろ姿が小さく見えた。反対方向に行ったらしい。私は胸を撫で下ろす。
ああもう。蓮也に電話でもう一度非難しなきゃ。私のためとはいえ、蒼一さんに変な態度取るのやめてって。
「仲良いんだね。電話とかよくするんだ」
隣の蒼一さんが言った。私はもう一度謝罪する。
「本当にすみません、蓮也根はいいやつなんです。なんていうか、その」
「わかるよ。姉の身代わりに嫁がされたなんて、友達なら怒って当然だ。彼は悪くないし、友達思いのいい子だと思うよ」
大人な発言に安心した。さすが蒼一さんだな、と思う。普通なら怒っちゃうところだろうに。彼はまっすぐ前を向いたまま小さくつぶやく。
「まあ、あれは友達思い、っていうか……」
「え?」
「中学からずっと一緒なんだ?」
「はい、そうです。長い付き合いです」
「咲良ちゃんの表情みてわかるよ、随分気を許してるんだなって」
「あはは、腐れ縁ですからね」
「そっか、仲良い子か。そっか」
蒼一さんは呟くようにそう言った。
ランチは美味しいお店で舌鼓を打った。映画もランチもスマートに予約して誘導してくれる蒼一さんはやっぱり大人な男性という感じがした。
その後二人で家具屋に向かい、ついに私のベッドを購入した。蒼一さんは色々なものを見て迷ってくれたけど、正直私は何でもよかったのですぐに決めた。
到着するまで二週間要するとのことで、それまでは今のまま二人で寝ることになる。たった二週間じゃきっと私たちの関係は何も変わらない。
これからはおやすみなさい、と挨拶を交わせば別々の部屋に入る。
夫婦なんかじゃない、ただの同居人の光景になる。
ベッドを購入した後は、適当な雑貨屋さんで食器や足りない調理器具などを購入した。可愛いブリザードフラワーなども買って家に飾ろうと話す。その会話一つ一つがとても幸せだった。
さてそろそろ帰宅しようか、となったとき、蒼一さんが思い出したようにある店に入っていった。彼について行くと、ふわりといい香りが鼻につく。そこは紅茶専門店だった。
「わ……いい匂い」
店内に足を踏み入れて驚いていると、蒼一さんが振り返って笑う。
「咲良ちゃん紅茶好きなんでしょ? 色々買ってみようよ」
「覚えててくれたんですか」
確かにコーヒーが苦手で朝はよく紅茶を飲んでいる。家にはあまり紅茶はないから、好きなの買っておいていいよと言われたものの、結局私は買いに行けていなかった。