片想い婚
 彼は笑う。

「僕もたまには飲んでみようかな。どんなのが好きなの」

 並べてある多くの茶葉を覗き込むその姿を見て、胸が苦しくなった。嬉しいと同時に訪れるこの痛みはいつになったら消えるんだろう。優しくされる分、悲しみも訪れる。

「……蒼一さんは、優しいですね」

 心に思っていたことがポツリと声に漏れた。

 彼は驚いたように顔を上げてこちらを見る。茶色の瞳が私を捉えた。

「今日だって、映画も食事も買い物も、スムーズに進めてくれて。仕事も忙しいのに、私に気を遣ってくれて」

 私は彼の隣に並び、適当に目の前の一つを手に取って説明文を読んでみる。形だけの結婚相手なんて、放っておいてもいいのに。

「……僕は、咲良ちゃんが思ってるほど親切じゃない」

 隣からそんな声が聞こえて顔を上げた。笑みを無くした蒼一さんが私を見ている。

「僕はくだらない人間だよ」

「蒼一さんがくだらないなんて」

「ほんとに。
 きっと本当の僕を見たら咲良ちゃんは幻滅する」

 半分笑いながらそう言った蒼一さんの言葉を聞いて、私は反射的に反論した。

「絶対ないです!」

 思ったより大きな声。彼は驚いたようにこちらをみる。

「幻滅とか絶対ないです、本当に。絶対ないんですから」

 幼い頃からずっと優しく笑いかけてくれた。いつでも穏やかで、気遣いができて、頭が良くて、ありきたりだけど太陽みたいな人だった。

 私の初恋で、今も好きな人。今更蒼一さんに幻滅することなんて絶対にありえないのに。むしろ、幻滅できるならさせてほしい。報われないこの想いを諦めさせて欲しいのに。

 彼は少し黙った後、手元の茶葉に視線を移した。でも彼の瞳に、それは映ってないように見えた。

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