片想い婚
夜になり、普段より少し早めに帰宅した蒼一さんは私と向き合って食事を取った。
やや気まずい雰囲気のまま二人で手を合わせる。山下さんと夕方作った料理を黙って食べながら沈黙を流す。
どちらもなかなか話を切り出すことができず、食べていたおかずは八割ほど無くなっていた。
「今日は届け物、ありがとう」
声を出したのは蒼一さんだった。私は小さく首を振る。
「いえ、全然いいんです」
「あれ必要なものだったから助かった本当に」
「よかったです」
愛想笑いすら返せない。小声で返事を返しご飯を頬張る。正直あまり味なんてわからなかった。
「……ごめん、隠してたわけじゃなくて、言うタイミングがなかった」
ゆっくり顔を上げてみると、正面に座る蒼一さんの顔が目に入った。叱られた子供のような、そんな表情をしていた。
私、蒼一さんに謝ってもらってばかり。
そう苦笑しながら聞く。
「やっぱり、恥ずかしいですか」
「え?」
「私、お姉ちゃんみたいに美人じゃないしなんか童顔で子供っぽいし……やっぱり蒼一さんの妻だと紹介するには、恥ずかしいかなって」
そういいながら自分で泣きそうになってしまった。
当然だと思った。蒼一さんはなんでもできてこんなに素敵な人だ。その妻が私だなんて不釣り合いで、色んな人に紹介するのは気が引けると思う。
お姉ちゃんだったら。今日会った新田さんみたいな人だったら、
「それは違う!」
強い声が聞こえてはっと顔を上げた。蒼一さんは厳しい顔でこちらを見ていた。その真っ直ぐな目に見つめられ、息ができなくなる。
彼はゆっくり箸を置き、一言ずつゆっくり言う。
「それだけは、ない。本当にない。咲良ちゃんは僕には勿体無い人だよ」
「そんな……」
「正直に言う。
今度あるパーティーは、きっと咲良ちゃんには辛いものになると思う。だから言い出せなかった。誘えば咲良ちゃんは参加せざるを得ないでしょう?」
彼はやや苦しそうだった。一度だけ置いてあるお茶を口に入れ、続ける。
「結婚式で綾乃から咲良ちゃんに変わったこと、会社中が知ってる。あの挙式には会社の関係者も多くいたから当然とも言えるんだけど。まだ咲良ちゃんが二十二の若い子だとかもいつのまにか噂が出回ってる。
きっとパーティーでは好奇の目に晒される」
そういえば今日会った新田さんは、私を見て『噂通りの』と呟いていた。なるほど、蒼一さんの結婚相手として私の噂が流れていたのか。
きっと、まだ大学卒業したばかりの、姉とはタイプの違う普通の子だ、と噂されているに違いない。