片想い婚
私は恐る恐る、お母様にも話しかけてみた。
「どうでしょうか、蒼一さんが選んでくださったんですが」
私の声に、彼女はチラリとだけ見た。そしてわずかに口角をあげて見せる。
「いいと思いますよ、よく化けました」
「あ、ありがとうございます」
化けた、とは。褒められているのだろうか? 褒め言葉と受け取っておこう。
蒼一さんが私に耳打ちする。
「これからぐっと人が増えて来賓の方々も見える。咲良ちゃんは僕のそばにいてくれればいいから。顔も名前も僕はわかるから、挨拶に付き合って」
「はい、よろしくお願いします」
私は再び背筋を伸ばして姿勢を意識する。私は蒼一さんの妻だ、と今だけは胸を張っていなければ。蒼一さんだけではなく、ご両親の顔にも泥を塗りかねない。
私が緊張していると、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。凛とした通る声だ。
「天海さん!」
二人で振り返ると、やはり新田さんが歩み寄ってきた。彼女はビシッとパンツスーツを身に纏っている。美人なのでそれだけでも十分に見栄えがいい。
彼女は私たちの前に立つと、まず私を見て一瞬目を丸くした。半開きになった口で見つめられる。
「新田さん、こんばんは」
「あ、こんばんは……咲良さん、ですよね?」
「え、ええ」
「そう、ですよね」
未だジロジロと眺めてくるその視線に居辛さを感じる。何か変だったろうか、身だしなみは散々チェックしたつもりだったけれど……。
しばらく私を見た新田さんは、結局何も言わなかった。蒼一さんの方に向き直り、ハキハキと話しかける。
「そろそろ開場でよろしいでしょうか、流れに変更はありませんよね?」
「うん、大丈夫」
「分かりました。……あ、奥様!」
新田さんは私たちの背後を見て声をかける。そしてツカツカと蒼一さんのご両親の元へ近寄った。
「社長、奥様、今日はよろしくお願いいたします」
新田さんを見た途端、お父様はもとよりお母様が顔をぱっと輝かせた。ニコニコと穏やかな笑顔で彼女に話しかける。
「新田さん、でしたね? いつも主人と息子がお世話になっております、今日はよろしくね」
「こちらこそです。覚えてていただけたなんて嬉しいです」
「有能でこんなに綺麗な方を忘れませんよ」
「そんな、もったいないお言葉です」
笑いながら二人は談笑する。少しだけ離れた場所でそれを眺めていた。私に向けられたことがない笑顔で、さすがに少しだけ落ち込む。
お姉ちゃんにしろ新田さんにしろ、美人でハキハキしてるような人と気が合うんだろうなあお母様。私とは正反対だ。蒼一さんの妻のはずなのに、今日お母様とはほとんど口をきいてもらっていない……。
少し肩を落としてしまった私の手を、突然温かな体温が包んだ。驚きで顔をあげてみると、蒼一さんが優しく笑っているのが見える。彼が私の手を握っているのだと気づき、一気に顔が紅潮した。
「あの二人は結構前から僕や父を通じて話したりしてるから。よく会ってるんだよ」
私の心を見透かしたようにフォローしてくれる。私は小さく頷いた。落ち込んでいたけれど、それに気づいてくれたこと、そして手を握ってもらえたことで頭は一気に蒼一さんでいっぱいになった。
子供の頃はよくこうして手を繋いでもらった。いつが最後だったろう、いつでも彼の手は私のよりずっと大きくて温かい。
「さ、これから少し頑張ろう」
「はい!」
私はしっかり前を見据え、力強く返事をした。
「どうでしょうか、蒼一さんが選んでくださったんですが」
私の声に、彼女はチラリとだけ見た。そしてわずかに口角をあげて見せる。
「いいと思いますよ、よく化けました」
「あ、ありがとうございます」
化けた、とは。褒められているのだろうか? 褒め言葉と受け取っておこう。
蒼一さんが私に耳打ちする。
「これからぐっと人が増えて来賓の方々も見える。咲良ちゃんは僕のそばにいてくれればいいから。顔も名前も僕はわかるから、挨拶に付き合って」
「はい、よろしくお願いします」
私は再び背筋を伸ばして姿勢を意識する。私は蒼一さんの妻だ、と今だけは胸を張っていなければ。蒼一さんだけではなく、ご両親の顔にも泥を塗りかねない。
私が緊張していると、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。凛とした通る声だ。
「天海さん!」
二人で振り返ると、やはり新田さんが歩み寄ってきた。彼女はビシッとパンツスーツを身に纏っている。美人なのでそれだけでも十分に見栄えがいい。
彼女は私たちの前に立つと、まず私を見て一瞬目を丸くした。半開きになった口で見つめられる。
「新田さん、こんばんは」
「あ、こんばんは……咲良さん、ですよね?」
「え、ええ」
「そう、ですよね」
未だジロジロと眺めてくるその視線に居辛さを感じる。何か変だったろうか、身だしなみは散々チェックしたつもりだったけれど……。
しばらく私を見た新田さんは、結局何も言わなかった。蒼一さんの方に向き直り、ハキハキと話しかける。
「そろそろ開場でよろしいでしょうか、流れに変更はありませんよね?」
「うん、大丈夫」
「分かりました。……あ、奥様!」
新田さんは私たちの背後を見て声をかける。そしてツカツカと蒼一さんのご両親の元へ近寄った。
「社長、奥様、今日はよろしくお願いいたします」
新田さんを見た途端、お父様はもとよりお母様が顔をぱっと輝かせた。ニコニコと穏やかな笑顔で彼女に話しかける。
「新田さん、でしたね? いつも主人と息子がお世話になっております、今日はよろしくね」
「こちらこそです。覚えてていただけたなんて嬉しいです」
「有能でこんなに綺麗な方を忘れませんよ」
「そんな、もったいないお言葉です」
笑いながら二人は談笑する。少しだけ離れた場所でそれを眺めていた。私に向けられたことがない笑顔で、さすがに少しだけ落ち込む。
お姉ちゃんにしろ新田さんにしろ、美人でハキハキしてるような人と気が合うんだろうなあお母様。私とは正反対だ。蒼一さんの妻のはずなのに、今日お母様とはほとんど口をきいてもらっていない……。
少し肩を落としてしまった私の手を、突然温かな体温が包んだ。驚きで顔をあげてみると、蒼一さんが優しく笑っているのが見える。彼が私の手を握っているのだと気づき、一気に顔が紅潮した。
「あの二人は結構前から僕や父を通じて話したりしてるから。よく会ってるんだよ」
私の心を見透かしたようにフォローしてくれる。私は小さく頷いた。落ち込んでいたけれど、それに気づいてくれたこと、そして手を握ってもらえたことで頭は一気に蒼一さんでいっぱいになった。
子供の頃はよくこうして手を繋いでもらった。いつが最後だったろう、いつでも彼の手は私のよりずっと大きくて温かい。
「さ、これから少し頑張ろう」
「はい!」
私はしっかり前を見据え、力強く返事をした。