片想い婚
彼女を見た瞬間、自分の心臓は止まったのかと錯覚した。
普段はどちらかといえば可愛らしい印象が強く、それは子犬のような愛らしさで出来ている咲良が、私の選んだドレスを着て着飾った姿はあまりに美しかった。
こんな顔も見せるのか。長い付き合いだというのにまるで知らなかった。情けなくも瞬きすら忘れ彼女に魅入っていた。
綾乃とは違い、エステや美容室も詳しくないと言っていた咲良のためにそういった店を予約してみた。すべてこっそり綾乃に電話で聞いたものだった。「妹なら多分こういうところがいい」と勧められたのをそのまま助言通り予約した。
それがまさかこんなに変身して帰ってくるなんて。普段と違う彼女は私の心を乱すには十分な出立ちだった。
素直に称賛の言葉を送ると謙遜して恥ずかしそうに笑った。その笑顔はよく見る咲良の顔で、なぜかほっとしたのはなぜなのか。
そして買ってきた指輪を差し出した。咲良がパーティーの準備に勤しんでいる間、私が一人購入してきたものだった。
本来ならば咲良に好みのものを選んでもらいたかったしそうするのが正しいのはわかっていた。ただ、臆病な自分は「指輪を買いに行こう」と誘い出せなかった。咲良が困ったような顔をするだろうと想像すると逃げ出したくなってしまったのだ。
だって、そうじゃないか。好きでもない男との結婚の証なんて。普通なら複雑な気持ちになるに決まっている。
でもパーティーに参加し両親と会う手前指輪がないのは不自然だったので購入した。パーティーが終わったら外していいから、などと予防線を張っておく。臆病すぎる自分に笑ってしまいそうだ。
彼女に拒絶されるのがそれほど怖いのだ。
パーティー会場に足を踏み入れた時、多くの視線が集まった後、それが好奇の目から羨望の眼差しに変化したことを、咲良は気づいていないようだった。少し緊張した表情で、それでもしゃんと背筋を伸ばして私の隣を歩く様は本当に素晴らしかった。
この会場のどの人より綺麗だ、と本気で思った。会社中に流れていた「地味な子」などという馬鹿げた噂もこれで収まることが予測される。きっと噂をしていた者は今頃咲良を見て言葉を失っているに違いない。
彼女の美しさを知らしめたい、と思う反面、これ以上ほかの男の目に晒したくないというとんでもない独占欲まで出てきて自分に呆れた。