片想い婚
自分は子供の頃から、比較的落ち着いた子だと呼ばれ、何かに執着することも少なかった。いつでも一歩引いて物事を観察するように育ってきたというのに、咲良相手にだけは違う。
私が執着するのは咲良だけだ。狡い手を使ってまで欲しいと思ったのは彼女だけなのだ。
「蒼一さん」
隣から名前を呼ばれてハッとする。仕事関係のさまざまな関係者に挨拶をして回っているところだった。
咲良は笑顔を絶やさず完璧に妻として働いていた。会う者が口々に彼女を称賛していったくらいだ。
「どうしたの?」
私がそう尋ねると、咲良がどこか遠くを見ているのに気がついた。そちらに視線を向けてみると、会場の隅に一人の老人が座っていた。身なりはしっかりし、どこか高貴な佇まいを感じるが、それが誰か私にはわからなかった。
老人は車椅子のようだった。誰と話すわけもなく一人じっと会場内を見ている。
「あの方、どなたですか?」
「いや……僕も今考えてたんだけど、見覚えがないんだよね。誰かの代理とかかな、それにしてはこっちに全然近寄らないし」
「そうなんですか。すみません、ちょっといいですか」
「え?」
私の返事も聞かず、咲良はゆっくりそちらに移動する。黙ってそれを見ていると、何やらその老人に話しかけていた。そして少し会話を交わすと、彼の代わりに料理を取りに行ったのだ。
笑顔で料理を差し出す彼女に、笑顔で受け取る老人。楽しそうに二人は会話を弾ませている。私はその場で微笑みながらそれを見ていた。
こういうところだ。彼女の本当の美しさは。
いつだって人に優しい。それは誰に対しても。子供の頃からずっと変わらない彼女らしいところ。
「あれは誰です」
突然背後から声が聞こえた。振り返ると、自分の母親が厳しい顔をして咲良を見ているのに気がついた。
私は正直にいう。
「さあ……僕には見覚えなくて。まだ挨拶をしていないんですが」
私の言葉に、母はこれみよがしにため息をついた。
「重要なお客様が他にたくさんいらっしゃるのに、誰かも分からない者に世話焼くなんて。天海の人間として呆れますね」
棘のある言葉だった。どこか「そうよね」と私に同調を求めているような響きだった。
向こうで未だ笑いながら車椅子の老人と話している咲良を見ながら、私はキッパリという。
私が執着するのは咲良だけだ。狡い手を使ってまで欲しいと思ったのは彼女だけなのだ。
「蒼一さん」
隣から名前を呼ばれてハッとする。仕事関係のさまざまな関係者に挨拶をして回っているところだった。
咲良は笑顔を絶やさず完璧に妻として働いていた。会う者が口々に彼女を称賛していったくらいだ。
「どうしたの?」
私がそう尋ねると、咲良がどこか遠くを見ているのに気がついた。そちらに視線を向けてみると、会場の隅に一人の老人が座っていた。身なりはしっかりし、どこか高貴な佇まいを感じるが、それが誰か私にはわからなかった。
老人は車椅子のようだった。誰と話すわけもなく一人じっと会場内を見ている。
「あの方、どなたですか?」
「いや……僕も今考えてたんだけど、見覚えがないんだよね。誰かの代理とかかな、それにしてはこっちに全然近寄らないし」
「そうなんですか。すみません、ちょっといいですか」
「え?」
私の返事も聞かず、咲良はゆっくりそちらに移動する。黙ってそれを見ていると、何やらその老人に話しかけていた。そして少し会話を交わすと、彼の代わりに料理を取りに行ったのだ。
笑顔で料理を差し出す彼女に、笑顔で受け取る老人。楽しそうに二人は会話を弾ませている。私はその場で微笑みながらそれを見ていた。
こういうところだ。彼女の本当の美しさは。
いつだって人に優しい。それは誰に対しても。子供の頃からずっと変わらない彼女らしいところ。
「あれは誰です」
突然背後から声が聞こえた。振り返ると、自分の母親が厳しい顔をして咲良を見ているのに気がついた。
私は正直にいう。
「さあ……僕には見覚えなくて。まだ挨拶をしていないんですが」
私の言葉に、母はこれみよがしにため息をついた。
「重要なお客様が他にたくさんいらっしゃるのに、誰かも分からない者に世話焼くなんて。天海の人間として呆れますね」
棘のある言葉だった。どこか「そうよね」と私に同調を求めているような響きだった。
向こうで未だ笑いながら車椅子の老人と話している咲良を見ながら、私はキッパリという。