片想い婚
「あれが咲良のいいところです。何も間違えているとは思いませんが」
近くに人がいないことをチラリと確認し、私はなお続ける。
「呆れているのはこちらです。母さん、咲良に辛く当たるのはやめてください」
「別に辛くあたってなんか」
「綾乃が逃げ出したことは咲良になんの罪はない。それどころか、あの結婚式に穴をあけなくてすんだのは咲良の決断のおかげです。感謝すべきことであって、彼女に恨みをぶつけるなんて筋違いもいいとこです」
母は昔から綾乃をかなり気に入っていた。
元々ああいう女性と気が合うらしい。綾乃や、新田さんのようなハキハキした器用な女性が。それは個人的な好みなのでとやかくいうつもりはないが、咲良に厳しくするのはまるで見当違いだ。
可愛がっていた綾乃が逃げ出した憎しみを咲良に当てているだけのこと。
母は何も答えず黙り込んでいた。自分の母親なのでよくわかってるが、この人は非常に頑固だ。他人にも自分にも厳しく見習うところもあるのだが、一度思い込んだらなかなか覆せない。
私はもう一度念を押すように言った。
「咲良はとてもよくやってくれています、彼女にこれ以上冷たくするようなら僕が許しません」
そう言った時、ちょうど咲良がこちらへ戻ってきた。母は無言のまま踵を返し、人混みの中へと消えていく。その背中を困り果てながら眺めた。
「蒼一さん! すみませんでした」
「ううん、車椅子で食事などが取りにくいことを察して手伝ってくれたんだね。ありがとう」
「いいえ、まだご挨拶する人たちもたくさんいるのにすみません。行きましょう」
笑顔で私を促してくれる咲良に自然と微笑みを返しながら、私たちはまた疲れる人ごみへと進んでいった。
また仕事が始まる週明けになり、会社へ入ると、すでに咲良の噂が出回っているようで何人かに話しかけられた。
パーティーに参加できず咲良の姿を拝めなかったので写真はないのかとか、いい奥さんを持って幸せだなとか、この前とはまるで違った人々に呆れつつも気分良く返答しておいた。
咲良の間違った噂が落ち着いたことに少しホッとしているところに、聞き慣れた声が聞こえる。
「天海さん」
振り返るとやはり、新田茉莉子がこちらに駆け寄ってくるところだった。
「新田さん。おはよう。パーティーお疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
「色々準備も大変だったろうけど、さすがだね。トラブルなく終わったよ」
「そんな。ありがとうございます」
はにかんで嬉しそうに笑う彼女は、普段とは違い少し子供っぽさが見えた。いつもはハキハキとしてまさにキャリアウーマン、という印象なので、そのギャップが面白いと思う。
私が足を進めると、彼女も隣に並んだ。
「咲良さんも。疲れたんでしょうね」
「疲れただろうね。頑張ってくれてたから」
「以前お会いした時と随分印象が違ったので驚きました」
「はは、とても綺麗だったよね」
なぜここで私がドヤるんだ、と自分でも思ったがつい言ってしまった。新田さんは不思議そうにこちらを見上げてくる。
近くに人がいないことをチラリと確認し、私はなお続ける。
「呆れているのはこちらです。母さん、咲良に辛く当たるのはやめてください」
「別に辛くあたってなんか」
「綾乃が逃げ出したことは咲良になんの罪はない。それどころか、あの結婚式に穴をあけなくてすんだのは咲良の決断のおかげです。感謝すべきことであって、彼女に恨みをぶつけるなんて筋違いもいいとこです」
母は昔から綾乃をかなり気に入っていた。
元々ああいう女性と気が合うらしい。綾乃や、新田さんのようなハキハキした器用な女性が。それは個人的な好みなのでとやかくいうつもりはないが、咲良に厳しくするのはまるで見当違いだ。
可愛がっていた綾乃が逃げ出した憎しみを咲良に当てているだけのこと。
母は何も答えず黙り込んでいた。自分の母親なのでよくわかってるが、この人は非常に頑固だ。他人にも自分にも厳しく見習うところもあるのだが、一度思い込んだらなかなか覆せない。
私はもう一度念を押すように言った。
「咲良はとてもよくやってくれています、彼女にこれ以上冷たくするようなら僕が許しません」
そう言った時、ちょうど咲良がこちらへ戻ってきた。母は無言のまま踵を返し、人混みの中へと消えていく。その背中を困り果てながら眺めた。
「蒼一さん! すみませんでした」
「ううん、車椅子で食事などが取りにくいことを察して手伝ってくれたんだね。ありがとう」
「いいえ、まだご挨拶する人たちもたくさんいるのにすみません。行きましょう」
笑顔で私を促してくれる咲良に自然と微笑みを返しながら、私たちはまた疲れる人ごみへと進んでいった。
また仕事が始まる週明けになり、会社へ入ると、すでに咲良の噂が出回っているようで何人かに話しかけられた。
パーティーに参加できず咲良の姿を拝めなかったので写真はないのかとか、いい奥さんを持って幸せだなとか、この前とはまるで違った人々に呆れつつも気分良く返答しておいた。
咲良の間違った噂が落ち着いたことに少しホッとしているところに、聞き慣れた声が聞こえる。
「天海さん」
振り返るとやはり、新田茉莉子がこちらに駆け寄ってくるところだった。
「新田さん。おはよう。パーティーお疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
「色々準備も大変だったろうけど、さすがだね。トラブルなく終わったよ」
「そんな。ありがとうございます」
はにかんで嬉しそうに笑う彼女は、普段とは違い少し子供っぽさが見えた。いつもはハキハキとしてまさにキャリアウーマン、という印象なので、そのギャップが面白いと思う。
私が足を進めると、彼女も隣に並んだ。
「咲良さんも。疲れたんでしょうね」
「疲れただろうね。頑張ってくれてたから」
「以前お会いした時と随分印象が違ったので驚きました」
「はは、とても綺麗だったよね」
なぜここで私がドヤるんだ、と自分でも思ったがつい言ってしまった。新田さんは不思議そうにこちらを見上げてくる。