片想い婚
「上手く行ってるんですか」
「え?」
「その、予定外の婚姻だったわけじゃないですか。しかも元婚約者の妹さんだし」
「ああ……うん、上手く行ってるんじゃないかな」
そう小声で言った自分の左手には、指輪が光っていた。
パーティの夜、疲れ切った咲良と家に帰り談笑した後、私たちは別々の寝室へ入った。
その日ちょうど以前購入したベッドが届く日で、家政婦の山下さんに立会を頼み搬入してもらっていたのだ。タイミング的にバッチリだと思った。パーティーであんな普段と違う顔を見せてきた咲良を隣にして、一晩我慢できる余裕などないだろうと思ったからだ。
別々の部屋に安心し、これでお互いゆっくり眠れると思った。ほっとしているところへ、風呂上がりの咲良が休みの挨拶をしにやってきたのでおやすみ、と返そうとして、私は気付く。
彼女はもう指輪をしていなかった。
スッキリした左手を見て、胸を痛める自分がいた。随分と自分勝手だ、パーティーが終わったら外してもいい、と言っていたのは自分なのだ。
それでも——もしかしたら夫婦の証であるそれを咲良がつけ続けるかもしれないという微かな期待はあった。
馬鹿馬鹿しい。そんなわけがないのに。周りのことを考えて仕方なく嫁いできた相手と同じ指輪なんて付けたくないに決まってる。そもそも咲良には他に好きな男がいるのに。
(……そういえば)
ふと思い出す。以前街へ行った時に会った青年、北野蓮也という子を。
咲良とは昔からの付き合いで、電話したりよく会う仲だという。彼は敵意にまみれた目で私を見ていた。その表情を見て気づかないわけがない、彼は咲良に想いを寄せている。
そしてもしかすると咲良も……。私の前で見せる顔とはまるで違うリラックスした表情。蓮也の前では私を「夫」とは紹介しなかったことを、ちゃんと気づいている。本来なら、彼に指輪をはめてほしいと思っているのかもしれない。
そう考えたとき、あまりに胸が苦しくなった。好きな人はいますと断言した咲良、その相手が彼かもしれない。
だとすれば、想いを寄せ合う男女を見事に引き裂いているのが自分だ。言葉もない。
「うまく言ってる、って。夫婦としてですか、同居人としてですか」
新田さんがそう言ってハッとする。つい反射的に彼女の顔を見てしまう。ポーカーフェイスを装うのは得意なはずなのに、考え事をしているところへ核心をついたことを言われて反応してしまった。
『同居人』。それは、まさに。私と咲良の状態だった。
触れることなく寝室すら別。誰がどう見てもおこれは夫婦ではなく同居人だ。
……仕方ない。私が望んだ。こんな形でも、咲良にそばにいてもらいたかったのは私なんだ。
「やっぱり」
私の顔をみて、くすっと、彼女が笑う。私は一瞬崩した表情をすぐに整えて平然を装った。
「同居人なわけないでしょ。もちろん夫婦だよ」
「本当にですか? お二人からそんな感じ見られないから」
「そんな感じ?」
「夫婦って感じ。どちらかといえば、面倒見のいいお兄さんと妹です」
ぐっと胸に言葉が突き刺さる。あまり聞きたくない言葉だった。
「え?」
「その、予定外の婚姻だったわけじゃないですか。しかも元婚約者の妹さんだし」
「ああ……うん、上手く行ってるんじゃないかな」
そう小声で言った自分の左手には、指輪が光っていた。
パーティの夜、疲れ切った咲良と家に帰り談笑した後、私たちは別々の寝室へ入った。
その日ちょうど以前購入したベッドが届く日で、家政婦の山下さんに立会を頼み搬入してもらっていたのだ。タイミング的にバッチリだと思った。パーティーであんな普段と違う顔を見せてきた咲良を隣にして、一晩我慢できる余裕などないだろうと思ったからだ。
別々の部屋に安心し、これでお互いゆっくり眠れると思った。ほっとしているところへ、風呂上がりの咲良が休みの挨拶をしにやってきたのでおやすみ、と返そうとして、私は気付く。
彼女はもう指輪をしていなかった。
スッキリした左手を見て、胸を痛める自分がいた。随分と自分勝手だ、パーティーが終わったら外してもいい、と言っていたのは自分なのだ。
それでも——もしかしたら夫婦の証であるそれを咲良がつけ続けるかもしれないという微かな期待はあった。
馬鹿馬鹿しい。そんなわけがないのに。周りのことを考えて仕方なく嫁いできた相手と同じ指輪なんて付けたくないに決まってる。そもそも咲良には他に好きな男がいるのに。
(……そういえば)
ふと思い出す。以前街へ行った時に会った青年、北野蓮也という子を。
咲良とは昔からの付き合いで、電話したりよく会う仲だという。彼は敵意にまみれた目で私を見ていた。その表情を見て気づかないわけがない、彼は咲良に想いを寄せている。
そしてもしかすると咲良も……。私の前で見せる顔とはまるで違うリラックスした表情。蓮也の前では私を「夫」とは紹介しなかったことを、ちゃんと気づいている。本来なら、彼に指輪をはめてほしいと思っているのかもしれない。
そう考えたとき、あまりに胸が苦しくなった。好きな人はいますと断言した咲良、その相手が彼かもしれない。
だとすれば、想いを寄せ合う男女を見事に引き裂いているのが自分だ。言葉もない。
「うまく言ってる、って。夫婦としてですか、同居人としてですか」
新田さんがそう言ってハッとする。つい反射的に彼女の顔を見てしまう。ポーカーフェイスを装うのは得意なはずなのに、考え事をしているところへ核心をついたことを言われて反応してしまった。
『同居人』。それは、まさに。私と咲良の状態だった。
触れることなく寝室すら別。誰がどう見てもおこれは夫婦ではなく同居人だ。
……仕方ない。私が望んだ。こんな形でも、咲良にそばにいてもらいたかったのは私なんだ。
「やっぱり」
私の顔をみて、くすっと、彼女が笑う。私は一瞬崩した表情をすぐに整えて平然を装った。
「同居人なわけないでしょ。もちろん夫婦だよ」
「本当にですか? お二人からそんな感じ見られないから」
「そんな感じ?」
「夫婦って感じ。どちらかといえば、面倒見のいいお兄さんと妹です」
ぐっと胸に言葉が突き刺さる。あまり聞きたくない言葉だった。