片想い婚
 わかっている。まさに私と咲良はそんな関係でやってきた。婚約者の妹として接し、彼女も兄のように慕ってくれた。私たちの間に家族愛はあっても愛情はない。

 息をするのが辛かった。自分の周りだけ酸素がなくなったのかと錯覚しそうなほど、あまりに苦しい。

 そっと自分の左手を盗み見る。どうしても私は外すことができなかった指輪、ペアの相手がいない指輪。あまりに虚しく、そんな冷たい輪に縋り付いている自分が情けなかった。

「……勘違いだよ、僕たちはちゃんと夫婦だ。パーティーに参加してた人たちはみんなそうみてたと思うよ。結婚は想定外のことだったけど、元々咲良と僕は幼馴染で仲良かったんだから」

「幼馴染で仲がいいからこそ急に男女になれないのでは?」

「……随分突っかかるね」

「いえ、そんなつもりじゃ。ただ、仮面夫婦だとしたら、姉の身代わりに妻を演じてる咲良さんも可哀想だと思って」

「ごめん、もう行かなきゃ」

 もう新田さんの方を見ることはなかった。私は彼女の言葉全てを聞き終える前に足を速め、わざとらしく腕時計を眺めた。これ以上聞きたくないという拒否だった。

 取り繕うのも限界だ。

 私は咲良を汚い手で自分のものにし、未だ縛り付けている罪悪感に押しつぶされてしまいそうだった。









「ただいま」

 夜、家に帰宅し玄関の扉を開けた時、いつもならこちらに駆けて来てくれる咲良の姿が見えなかった。

 今日は比較的早く帰ってこれたので、寝ているというのも考えにくい。風呂でも入ってるだろうか?

 一人首を傾げてリビングへ向かう。テーブルの上にはいつものように山下さんが作ってくれた料理が並べてあった。二人分だ。咲良も食事はまだらしい。

 適当に鞄をおいて洗面室の方へ向かった。廊下からドアを見つめているが、どうやら中は暗いようで光は漏れていない。

「咲良ちゃん?」

 外からノックしても返事はなかった。どこか不安になった自分はそのまま咲良の部屋へと向かう。別々になったばかりの個人の部屋だ。私はそこに向かって何度かノックした。

「咲良ちゃん?」

 すると中から微かな物音が聞こえてきた。しばらくそのまま待っていると、ゆっくりとドアノブが下がり扉がわずかに開かれた。隙間からちらりと咲良の顔が見える。

「……あ、お帰りなさい蒼一さん」

 その声と見えた顔色を見てすぐにわかった。彼女は掠れた声をし、顔は紅潮していたのだ。

「風邪ひいたの?」

 尋ねると、彼女は小さく頷いた。覇気のない顔で随分だるそうに見える。


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