片想い婚
「よくそんなに頑張れるね、突然決まった政略結婚なのに」

「え、まあ……結婚は突然決まったけど、蒼一さんはお姉ちゃんの婚約者だから昔から知ってる人だし。優しいから」

「てか咲良の姉ちゃん今何してんの? わかんないの?」

「うん、見つからないみたい」

 蓮也は黙り込む。いつもノリがいいくせに、彼は私の結婚話になるとかなり機嫌が悪くなる。私を心配してくれてるんだろうなってことはわかっているのだけれど……。

 私は紅茶を両手に包む。温かなぬくもりが伝わってくる。私はなるべくいつも通りの笑顔になれるように心がけ、彼に言った。

「色々心配してくれてありがとね。でもほんと、それなりに上手くやってるから! 大丈夫だよ、蓮也優しいね」

 彼はちらりとだけ私を見たが、すぐに視線を落とした。そしてテーブルの一点だけを見つめながら小声で呟く。

「……優しいわけじゃない。俺が嫌なだけ」

「え?」

「離婚しないの? 好きでもない男と一緒に暮らしてて平気なの? そのまま一生終わるの?」

 蓮也の言葉が次々に出てくる。一体何から答えていいかわからなくなる。ただ、最後にあった『そのまま一生終わるの?』という質問だけが頭の中にとどまった。

 このままずっと暮らすのかな?

 ただの同居人として、一生終わるのかな。

 いや、お姉ちゃんが見つかったら? どうなるんだろう、蒼一さんはわからないって言っていた。

 好きな人のそばにいれるのはこの上ない幸せだ。でも私は蒼一さんが好きだから欲が出る。欲が出て、欲が出て、欲まみれになる。キスさえもしてもらえないこんな生活、苦しさがいつか幸せを喰ってしまうんだろうか。

 わからない。

「……わからないよ、先のことなんて」

 ポツンと呟く。冷めてきた紅茶に優しさを求めるようにティーカップを強く包む。

「今の生活で精一杯、先のことなんてわからないし見えないし考えられない。進みたいけど進むのも怖い。
 ただ私は、今は今度の蒼一さんの誕生日を祝うことだけが楽しみなの。喜んでもらいたいから」

 そっと紅茶を啜った。やはりそれは、だいぶぬるくなっていた。いい香りだったのにあまり感じられない。砂糖の味がやたら主張された飲み物になってしまっていた。

 蓮也がじっとこちらを見る。どこか辛そうにさえ見える彼は、不思議そうに言った。

「なんでそこまで頑張るの?」

「それは私が」

 蒼一さんをずっと好きだったから。

……なんて、いうのは恥ずかしすぎるかな。婚約者が逃げ出したことにつけ込んで結婚相手に立候補したあざとさが、バレてしまう。
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