片想い婚
「先に食べちゃおうかな」

「温めますね」

 鞄をソファの上に置いてキッチンの方を盗み見る。夕飯の準備をしている咲良の姿を見ながら、今日山下さんが言っていたことを思い出す。

『練習してるんですよ、プレゼントするケーキ。愛されてますね』

 思い出し一人馬鹿みたいに赤面した。もしこの自惚が事実だったら。

 いやでも流石に図々しいか。初夜の時、あれだけ顔をこわばらせていたのだ、きっと嫌だったに違いないんだ。

 しかし万が一、共に生活するようになってそう意識してくれるようになったとしたら? そんな幸運な話あるだろうか。他に好きな男がいたけれど諦め、私を見てくれるようになったなどと。あまりに都合がいい気がする、でも山下さんの言う言葉では、

「蒼一さん?」

「えっ!?」

 頭の中で必死に考え事をしている時に突然話しかけられ、驚きから自分の声はやや裏返った。咲良もキョトン、としている。

「どうしたんですか、なんか顔が赤いですけど。体調不良ですか?」

「い、いや違う。ちょっと仕事のこと必死に考えてて。難しいことだから」

「難しいんですか。大変ですね」

 料理をテーブルに並べながら咲良は感心するように言った。世界一難しいと思うのが彼女の心の中だなんて笑ってしまう。大人っぽくていつも落ち着いている? どこがだ。

 私はなるべく平然を装ってダイニングテーブルに座った。咲良も向いに腰掛ける。

「おかわりいっぱいありますよ」

「はは、ありがとう」

 二人で手を合わせて挨拶をする。好物である食事は、なんだか今日は味がよくわからなかった。

 毎年どうでもいい自分の誕生日が、これほど待ち遠しくなる日がくるだなんて夢にも思っていなかった。




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