片想い婚
その言葉で自分の体が停止する。彼女の手は未だ私の手の上にあった。新田さんはじっと黙ってこちらの様子を伺っていた。
ようやく脳の処理が追いついて状況を理解する。私は戸惑いながらも、その手をサラリと払い一言だけ言った。
「帰る」
そばに置いてある鞄を手に持つ。彼女を咎めることもしなかった。そんな時間すら惜しいと思ったし、とにかくここを去るのが一番だと思ったのだ。
だが新田さんはすぐに私の袖を持って止めた。
「待ってください」
「帰るね。今日は急いでるんだ」
「みてほしいものがあるんです」
そういうと彼女は素早くそばにあった鞄からあるものを取り出した。帰ろうとしつつ、それが気になってしまいチラリと視線を向ける。
新田さんが取り出したのは写真だった。
どこか野外で撮影されたものだ。中央に男女が立っている。短髪で背が高い青年に、もう一人はどこかあどけない顔立ちの女性。青年はしっかりとその腕に女性を抱きしめていた。
北野蓮也と、咲良だ。
息を止めてその写真を見つめる。それは自分の心臓が止まってしまったかのような錯覚に陥るほど、私は真っ白になった。
やや遠目だが間違いない二人。
「これ、咲良さんですよね?」
新田さんの冷ややかな声が響く。私は無言でその写真に手を伸ばして持った。穴が開くほど見つめるが、間違いなく咲良たちだった。
混乱と嫉妬、自分を落ち着かせようとする心。全てが入り混じり、体が引き裂かれそうだった。
「白昼堂々と、こんなものが撮れましたよ。天海さんん、よろしいんですか」
こちらの様子を伺うように彼女は言う。その声で我に返る。私は持っている写真を適当にテーブルに置いた。
「彼のことは知ってる、咲良の幼馴染みたいなものだから」
「でも男性ですよ、抱きしめるなんてあります?」
「仲いいんだよ」
「そもそも既婚者が異性と二人きりで会うなんてどうなんですか?」
「僕が行っていいって言ったんだよ」
強い語尾で言った。そう、恐らくこれは咲良が相談してきたあの日のことだろう。自分の頭はめちゃくちゃに混乱しているが、一つ冷静にいられる点があった。強く抱きしめているのは蓮也の方で、咲良は驚いたようにその腕を下ろしていた。その景色がかろうじて自分を保てる真実だった。
これで咲良の両腕が蓮也の背中に回っていた日には、恐らく私は狂っていた。
蓮也の気持ちは知っている。多分だが、彼は咲良に想いを告げたんだ。その時のシーン、というところか。
「それより感心しないな、なぜ咲良をこんなふうに調べ回ったの? こんなの、狙わなきゃ撮れない写真だよね」
私はじっと新田さんをみた。彼女は唇を固くとじ、私を見上げている。
そう、こんな写真、偶然で撮れるわけがない。咲良の周辺を調べなければ無理なのだ。
彼女は私の袖を再び強く掴んだ。そしてどこか涙を溜めた目で言う。
「分かりませんか……? 本当は知ってるでしょう、私の気持ちなんて。私はずっとずっと天海さんが好きだったんですよ」
やや掠れた声でそう告げられた。私はわずかに息を吸ったまま返事に戸惑う。
新田さんはそのまますがるように続けた。
「それでも、あなたには昔から婚約者がいたことは有名な話でした。相手は藤田グループの藤田綾乃、女の私からみても見惚れるほどの完璧な女性でした。片想いは秘めておこうと思ったんです。
でも、少しでも天海さんによく思って貰える女になれるよう藤田綾乃を手本に頑張りました。仕事もあなたのサポートができるよう、外見にも気遣って、私は必死にやってきたんです。
それがなんですか? いざ式になって出てきたのは妹の方。藤田綾乃とはまるで似てないどこにでもいるような子。そんなの、引き下がれると思います?」
震える声で私に言う。情けなくも、自分は言葉をなくして何も返せなかった。
ようやく脳の処理が追いついて状況を理解する。私は戸惑いながらも、その手をサラリと払い一言だけ言った。
「帰る」
そばに置いてある鞄を手に持つ。彼女を咎めることもしなかった。そんな時間すら惜しいと思ったし、とにかくここを去るのが一番だと思ったのだ。
だが新田さんはすぐに私の袖を持って止めた。
「待ってください」
「帰るね。今日は急いでるんだ」
「みてほしいものがあるんです」
そういうと彼女は素早くそばにあった鞄からあるものを取り出した。帰ろうとしつつ、それが気になってしまいチラリと視線を向ける。
新田さんが取り出したのは写真だった。
どこか野外で撮影されたものだ。中央に男女が立っている。短髪で背が高い青年に、もう一人はどこかあどけない顔立ちの女性。青年はしっかりとその腕に女性を抱きしめていた。
北野蓮也と、咲良だ。
息を止めてその写真を見つめる。それは自分の心臓が止まってしまったかのような錯覚に陥るほど、私は真っ白になった。
やや遠目だが間違いない二人。
「これ、咲良さんですよね?」
新田さんの冷ややかな声が響く。私は無言でその写真に手を伸ばして持った。穴が開くほど見つめるが、間違いなく咲良たちだった。
混乱と嫉妬、自分を落ち着かせようとする心。全てが入り混じり、体が引き裂かれそうだった。
「白昼堂々と、こんなものが撮れましたよ。天海さんん、よろしいんですか」
こちらの様子を伺うように彼女は言う。その声で我に返る。私は持っている写真を適当にテーブルに置いた。
「彼のことは知ってる、咲良の幼馴染みたいなものだから」
「でも男性ですよ、抱きしめるなんてあります?」
「仲いいんだよ」
「そもそも既婚者が異性と二人きりで会うなんてどうなんですか?」
「僕が行っていいって言ったんだよ」
強い語尾で言った。そう、恐らくこれは咲良が相談してきたあの日のことだろう。自分の頭はめちゃくちゃに混乱しているが、一つ冷静にいられる点があった。強く抱きしめているのは蓮也の方で、咲良は驚いたようにその腕を下ろしていた。その景色がかろうじて自分を保てる真実だった。
これで咲良の両腕が蓮也の背中に回っていた日には、恐らく私は狂っていた。
蓮也の気持ちは知っている。多分だが、彼は咲良に想いを告げたんだ。その時のシーン、というところか。
「それより感心しないな、なぜ咲良をこんなふうに調べ回ったの? こんなの、狙わなきゃ撮れない写真だよね」
私はじっと新田さんをみた。彼女は唇を固くとじ、私を見上げている。
そう、こんな写真、偶然で撮れるわけがない。咲良の周辺を調べなければ無理なのだ。
彼女は私の袖を再び強く掴んだ。そしてどこか涙を溜めた目で言う。
「分かりませんか……? 本当は知ってるでしょう、私の気持ちなんて。私はずっとずっと天海さんが好きだったんですよ」
やや掠れた声でそう告げられた。私はわずかに息を吸ったまま返事に戸惑う。
新田さんはそのまますがるように続けた。
「それでも、あなたには昔から婚約者がいたことは有名な話でした。相手は藤田グループの藤田綾乃、女の私からみても見惚れるほどの完璧な女性でした。片想いは秘めておこうと思ったんです。
でも、少しでも天海さんによく思って貰える女になれるよう藤田綾乃を手本に頑張りました。仕事もあなたのサポートができるよう、外見にも気遣って、私は必死にやってきたんです。
それがなんですか? いざ式になって出てきたのは妹の方。藤田綾乃とはまるで似てないどこにでもいるような子。そんなの、引き下がれると思います?」
震える声で私に言う。情けなくも、自分は言葉をなくして何も返せなかった。