片想い婚
 彼女の好意はまるで気がつかなかったといえば嘘になる。確信はしてないが、もしかしたら、と思うことはあった。それでも気づかないふりが一番かと思っていた。仕事上よきパートナーとして過ごすのがいいんだと。

 そうやって誤魔化してきた自分の対応が悪いのか。

「お願いします天海さん、こんな結婚終わりにしてくれませんか? いえ、立場上それができないなら、そのままでもいいから私を見てくれませんか?」

「に、新田さん」

「どう考えても藤田咲良はあなたには不釣り合いです。パーティーの時は上手く誤魔化してたけど、腕のいいメイクでもつけばあれぐらい女は化けれます。普段の彼女は地味で子供らしくて、あなたの隣には相応しくないです」

 彼女はついに頬に涙をこぼした。私の袖をしっかり握りしめ、離さない。小さなその手で必死に握るその様子に胸を痛める。

 それでも私はそっと袖から彼女の手を離させた。ここで情を見せるわけにはいかない、と思った。

 彼女を傷つけたのは悪かった。自分の中途半端な態度が良くなかったのだと反省せねばならない。

 しかし今彼女の涙を拭うのは違う。私が守るべき相手は非情と言われようと新田さんではなく咲良だけなのだ。

「……ごめん、そこまで僕を想ってくれていたのは知らなかった」

「天海さん、私」

「でも君の気持ちには応えられない。
 いい? ふさわしくないのは咲良じゃない。僕が咲良にふさわしくないんだ。僕は妹としてなんかじゃなく、本当にあの子が好きなんだよ」

 正直に残酷とも言える真実を告げると、彼女は信じられない、とばかりに目を丸くして首を振った。

「嘘」

「嘘じゃない。だから新田さんの気持ちには応えられない」

「あの子の何がいいって言うんですか?」

「全部だよ。優しくて明るくて癒してくれる」

「私は違うって言うんですか?」

「少なくとも僕にとっては。
 もうこんなことはやめて。咲良には関わらないでほしい。僕の大事な人を傷つけないで。咲良に何かすれば、絶対に君を許さない」

 愕然とした顔でこちらを見上げている。それ以上私は何も言わなかった。

 テーブルの上に置きっぱなしの写真を手に取って小さく破いた。第三者から見たら誤解を招きかねないものだ、残しておくわけにはいかない。

「この写真の画像、持ってるよね? 申し訳ないけど消してくれる?」

 私が告げると、彼女は涙まみれの顔で笑った。肩を震わせ髪を揺らす。

「人をこっぴどく振っておいて、すぐに他の女の心配するんですか、ひどい人」

「ごめん。でも大事なことだから」

「消しておきます。あなたに見せたかっただけだから」

「……ありがとう」

 私は今度こそ自分の鞄を持った。冷たいと思われようが、これ以上彼女を慰める方がよくない。もうここから立ち去らねばならない。

 伝票を手に立ち上がり新田さんの背後を通ると、最後に彼女はキッパリ言った。

「上手くいきっこないですよ」

「……え?」

 振り返ると、彼女は真っ赤な目でこちらを見上げていた。強い眼光で再度言う。

「姉の代わりに政略結婚させられたあの子となんて、上手くいきっこない。きっとすぐ終わりは来ます」

 心にストレートパンチを喰らう。それでも私は何も言い返さなかった。無言で頭を下げ、新田さんを置いてそのまま店を後にした。

 外に出るともうすっかり暗くなっていた。時計を見、思っていたよりずっと遅くなってしまったことを悔やむ。

 私は落ち込む心を奮い立たせ、足早にそこから立ち去り、咲良が待っている家へと帰った。

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