片想い婚
 夢みたいだ、と思う。咲良に手作りのケーキをもらって誕生日を祝ってもらうなんて。

「置きますね」

「あ、うん気をつけて」

 ホールのケーキを咲良が大事そうに持ち私の目の前にそうっとおいた。目を輝かせて覗き込んだ自分は、白い生クリームが乗ったそれを見て息を呑んだ。



 それは、手作りのケーキではなかった。



 見間違いではない。この家の近所にある、有名なケーキ屋のものだ。何度か食べたことがあるので私も知っている。

「…………え」

「おめでとうございます、蒼一さん」

 咲良はそう言って笑った。思わず彼女の顔を見上げ、以前山下さんと話した内容を思い出す。

『必死にケーキを焼く咲良さんが本当に恋する女の子って感じで微笑ましくて』

 練習している、と言っていた。プレゼントするケーキを。

「……はは」

「蒼一さん?」

「いや、ありがとう。美味しそうだ」

 私は渇いた笑いをこぼしてそう言った。心がこもっていない、なんとも棒読みのセリフだった。

 そうか、そうだったのか。

 やはりとんでもない自惚れをしていたのか。

(…………私へのケーキではなかったのか)

 目の前の形のいいケーキを見つめながら心の中で呟いた。咲良が練習していたというケーキ、それは私のためのものではなかった。だからか、『恋する女の子』だなんて山下さんが感じたのは。

 咲良の本当の好きな男に渡すためだったんだろう。山下さんは誕生日も近いので私のものだと勘違いしていたのだ。

 手が震えるのを必死になって拳を握り止める。悲しみと絶望で心はぐちゃぐちゃになった。情けなくも泣き出しそうになるのを必死に堪える。

 もしかして咲良の好きな人は自分かもだって? 失笑だ。

 そんなことやっぱりありえないんだ。咲良は立場上私の妻を演じてくれているが、その心はきっと他にある。

 私には手が届かない場所にあるんだ。

「ごめん、やっぱり今はお腹いっぱいで入りそうになかった。お風呂の後に食べようと思う、一旦しまってもらっていい?」

「あ、はい分かりました。ご飯多かったですもんね」

「お風呂に入ってくるね」

「分かりました」

 私はいつも通りのトーンでそう言うと、立ち上がってリビングを後にした。一旦自分の部屋に戻り、広々としたベッドに胸を痛める。

 おさまらない心が悲鳴をあげている。勝手に期待して勝手に絶望するなんて。

 顔を手で覆う。行き場のないこの気持ちをどうにかしたくて、近くに置いてあるゴミ箱を思い切り蹴った。足に痛みを覚えて、こんなところまで自分は決まらないな、と嘆く。

 私のじゃなかった。私の誕生日のためではなかった。

『上手くいきっこないですよ』

 新田茉莉子がそう言い放った言葉が、深く深く心に突き刺さっていた。




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