片想い婚
「ま、ってくれる、今」

 混乱するように彼は片手で頭を抱えた。私はそんな蒼一さんを置いて、着ていたパジャマのボタンを外した。蒼一さんがハッとした顔になる。震える指先でなんとかボタンを外しながら笑ってみせる。

「深く考えなくてもっ、気持ちなんてなくていいんですし。昔の人だってお見合いですぐ結婚して、それから夫婦になっていったんですし! だから」

 だから、どうかこのまま私を受け入れてくれませんか。

 涙目になりつつ最後のボタンを外しかけた時、蒼一さんの手が伸びてきた。反射的に顔を上げると、彼は厳しい顔をしていた。

 そしてその手は私に触れることなく、ほとんど開いていた私のパジャマを閉めた。

 最後のボタンを握っていた自分の手が止まる。

 このまま脱ぎ捨ててしまいたかった布は、彼にしっかり握り締められそれが出来なくなっていた。

 蒼一さんの茶色の瞳に私が映り込む。とんでもなく情けない顔をしていた。

「どうしたの。誰かに何か言われたの?」

「……え」

「うちの母? 何を言われたの? そうじゃなかったら、咲良ちゃんがこんなことするはずないよね」

 真剣な顔で私にそう尋ねた。返事はできなかった。

 彼は少しだけ目を細め、苦しそうに言った。

「僕はできない。
 気持ちがないのにそんなことはできない」

 気持ちが、ない



 それが全ての答えだという一文だった。

 いや、そんなこと知っていたはず。でも直接その口から聞くのはまた違う。

 自分の存在全てを否定されたような、死刑宣告をされたような、言葉には言い表せられない絶望を知った。

 我慢して涙がついに頬をつたる。

 蒼一さんは強く私に言った。

「教えて。どうしてこんなことを? 誰に何をされた?」

「…………」

「ちゃんと話してほしい」

 私の口から音は何も漏れてこなかった。

 じゃあここで言うの? 跡継ぎが作れないのなら離婚しろって言われています、と。そんな言葉を私の口から言わせるの? そう言ったあとあなたはどうしてくれるの?

 優しく励ましてまた形だけの夫婦に戻るんですか?
 それとも仕方ないから愛がないけど抱いてくれる? こんな話までしなければ私は抱いてもらえないんですね。

 頭の中で生まれる言葉は全て外に出てきてはくれなかった。ただショックと虚しさで押しつぶされた私は、自分の心が音を立てて割れるのに気がついた。
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