片想い婚
「頭がよくて気がきく。美人ですし、仕事もできるというじゃないですか。ピッタリですよ。新田さんは別にいいとおっしゃってるの」

「…………」

「だから今日呼んだんですよ。今すぐじゃないですが、これから次の結婚相手として関わっていけたらと」

 私の視線に、新田さんは微笑んだ。信じられない思いで二人を交互に見る。

 まさか、こんなことを裏で二人考えていたのか? 咲良を妻の座から下ろし、次の結婚相手を探していた? もはや怒りより呆れと失望の気持ちがほとんどだった。こんな愚かなことをしていただなんて。

 確かに母は新田茉莉子を気に入っていた。だが、私の嫁にしたがるなんて話が飛躍しすぎている。一体なぜこんなことになってるんだ、理解ができない。

 私は瞼を閉じて手で顔を覆った。

「……にを、勝手な」

「蒼一。きっとお似合いですよ。天海家の嫁としてもふさわしいです」

「くだらない。僕は帰る。咲良のところへ行く」

 再び出口に向かって足をすすめる私の腕を、近づいて掴んだのは新田茉莉子だった。振り返ると彼女は熱い視線で私を見ていた。手入れの行き届いた色のついたネイルが目につく。咲良は爪に色は塗らなかったな、なんてことが頭に浮かんだ。

「天海さん。もう咲良さんを解放してあげてください」

「……え?」

「姉の身がわりにさせられたなんて、可哀想じゃないですか。ようやく咲良さんは自由になれたんですよ」

 彼女の言葉は自分の心を突いた。その傷から出血した錯覚すら覚える。なぜなら間違っていなかったからだ。
 
 他に好きな男性がいたのに無理矢理結婚させられた咲良。こんな形でなくても、いつか終わりは来ていただろう。ようやく解放された彼女を追いかけてどうするつもりだというのか。

 一瞬戸惑い揺れた自分だが、すぐに首を振った。そうじゃない、そうじゃないんだ。

「……咲良が終わりにしたいというならそれでいいんだ。でも、そうなら彼女の口から全てを聞きたい。そして、僕もちゃんと自分の気持ちを伝えたい」

 ずっと逃げ続けていた、秘めた気持ちを出すことを。それは咲良に失望され拒絶されるのが怖い自分の弱さからだ。

 でもきちんと伝えなければならない。遅すぎる今だが、それでも最後にキチンと言って終わりにせねば。

 新田さんは真剣な顔でこちらを見上げている。不服そうな顔だった。その背後から母の厳しい声が聞こえる。

「今更。そんなことをして何の意味が? 過去より未来を見なさい」

「まだ過去のことじゃない。
 それと。咲良と終わったとしても僕は結婚なんて考えてない。咲良以外の人と結婚なんてありえないから。彼女と別れたらもう結婚なんてしない、跡継ぎなんて知らない」

 未だ私の腕を取ったままの新田さんの手をそれとなく払った。彼女は固く口を閉じている。驚いたような声を上げたのは母の方だった。



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