わたしのカレが愛するもの
わたしを覗き込むようにして、コウくんが顔を近づけた。
ためらいがちに唇を触れ合わせ、わたしが目を伏せると大きな手が頬を包み、キスが深まっていく。
優しいキスは、すっかりわたしの臆病な心を宥め、柔らかくしてしまう。
キスを繰り返す合間に、毎日でもコウくんの部屋に来る口実を作ろうとささやかなお願いをしてみた。
「ねえ、コウくん。わたしのうちのエンゼルフィッシュ……あの水槽に入れてもいい?」
わたしの部屋には、代々コウくんがプレゼントしてくれたプラチナホワイト・エンゼルフィッシュが住んでいる。
気を遣って世話をしていても、その平均寿命は五年から七年程度なので、いま飼育しているのは四代目。
複数匹飼って繁殖させるにはかなり大きな水槽が必要なため、いまのところ単独飼いしかしたことがない。
コウくんは、わたしの髪を指に絡ませ、もてあそびながら、甘さの欠片も感じられない声でぴしゃりと言った。
「ダメ。一緒には入れない」
「え? でも、」
エンゼルフィッシュは、大人しい……とは言い難い性格で、ほかの魚に喧嘩を売り、小さい個体だと食べてしまうこともある。混泳させる魚の選定には気を遣わなければいけない。
しかし、コウくんの水槽に泳ぐ魚はエンゼルフィッシュと混泳可能な種類ばかりだ。
「別の水槽を用意するよ」
「でも、ほかの魚と仲良く泳いでいるところを見たいし……広い水槽なら複数飼いもできるんじゃ……」
色とりどり、大小さまざまな魚が水槽に泳ぐ姿は、見るだけでとても心安らぐ。
そこに、お気に入りのエンゼルフィッシュが加わってくれたら、なお嬉しい。
ペアができて産卵、孵化、稚魚になるところまで観察してみたい。
「ダメ」
「なんで?」
「ダメなものは、ダメ」
「だから、なんっ……」
納得がいかない、と唇を尖らせたわたしに、コウくんはチュッとキスをする。
それだけで、どうしてダメなのか追及する気持ちは消え、どうでもよくなってしまう。
コウくんは、わたしが何を言えば、何をすれば喜ぶのか、よくわかっている。
コウくんは、わたしが何に弱くて、何に抗えないか、よく知っている。
そんな彼に、わたしはいつだって太刀打ちできない。
わたしがすっかり抵抗するのをやめたことを見てとったコウくんは、ぼそっと呟いた。
「……ほかの魚が、ちぃのエンゼルの周りをウロつくのは見たくない」
「ねえ、それって……」
「あんまりごちゃごちゃ言うと襲うよ?」
言葉の裏に込められた意味を都合よく解釈して、ついつい頬が緩んでしまうわたしに、コウくんはもう一度キスをした。