わたしのカレが愛するもの
『それは、否定しないけどね! もういいわ。どうぞ思う存分イチャついて。コウってば、言い寄る女に見向きもしなかったから、てっきり魚しか愛せないんだと思っていたけれど、人間も愛せるんだとわかって、ホッとしたわ』


赤毛のアーシャは、これ以上付き合っていられないと匙を投げた。
一方のエルサは……不満いっぱいの様子だ。


(コウくんが好き、ってこと? 完全に敵認定されているわ)


嫉妬、闘争心、見栄、報復など、そういった女性同士の間で生まれるドロドロした感情は、おなじみのものだ。

仕事がらみの場合は、仕事で黙らせてきた。
男性がらみの場合は、はっきりと「彼には興味がないし、迷惑している」と言うことにしていた。

しかし、今回は「彼には興味がない」なんて、口が裂けても言えないし、言いたくない。
かといって、キャットファイトを繰り広げるわけにもいかない。
人との繋がりや縁を大事にするコウくんは、エルサとの友情も大事にしたいと思っているはずだから。

わたしのコウくんへの気持ちが、彼女のコウくんへの気持ちに負けているとは思わなかった。
ただ、わたしと彼女、どちらがよりコウくんに近いかと問われたなら、「自分」だと胸を張って答えられないのも事実。

彼女は、わたしが知らないコウくんを知っている。
わたしが理解できないことも、彼女はいともたやすく理解するだろう。
仕事とはいえ、濃密で、充実した時間と想いを共有してきたのだから。
海とそこに生きるものたちへのコウくんの憧れ、執着。そういった感情も、彼女なら手に取るようにわかるのかもしれない。

そんなわたしの引け目、弱さを彼女は敏感に嗅ぎ分けているから、自分の優位を信じて挑発的な態度を取れるのだ。


(帰りたい……)


かろうじて挑発に乗らないだけの理性は残っていたので、表面上はにこやかに彼らとコウくんの親しげな会話を聞いていたが、内心では一刻も早く帰りたくてしかたがなかった。

このままここにいたら、黒くて汚くて、ドロドロしたものが心にいっぱい溜まってしまいそうだ。

訪問して一時間ほど過ぎたところで、所属事務所から「明日撮影を予定していたモデルがインフルエンザでダウン。代打を頼む!」と連絡が来たのは、帰るいい口実になった。


「ごめん、コウくん。わたし、帰らなくちゃ。明日、急な仕事が入って……」

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