わたしのカレが愛するもの
二十五年にわたる片想い中、コウくんがわたしを束縛しようとしたことなんて、ただの一度もない。
きっと、わたしから独占してほしい。監禁してくれてもかまわない。と言っても、断られるだろう。
「へぇ……猫かぶってるのか」
「ん?」
昴くんがぼそっとなにか呟いたが、大音量の音楽のせいで、よく聞き取れなかった。
「だったら、俺と出かけるのもアリだよね?」
コウくんは、いままでわたしの交友関係に口を挟んだことはないし、昴くんは赤の他人ではなく「親戚」。反対する理由は見当たらない。
「大丈夫だと思うけど……」
「じゃ、これからどんどん誘うよ」
「どんどんって……あの、ところで、昴くんはどうして帰国したの? 休暇?」
彼の生活の基盤、仕事の基盤はむこうにある。
一時帰国でなければ、なぜここにいるのか。さっぱりわからない。
「いま取りかかっている仕事はないから、休暇と言えなくもないけど……次へ向けての下準備をするためだよ。圧倒的に、日本人役やアジア人役を演じることが多いんだけど、日本を離れて久しいからさ。ちょっとした仕草とか言葉が日本人らしくないんだ。だから、しばらくこっちで生活してみようと思って。日本語の語彙も増やしたいしね」
「ハジメ伯父さんたち、喜ぶね。一緒に住むの?」
「住むところが見つかるまでは。いまさらこんなデカい息子が帰って来ても邪魔なだけだし」
「そんなことないと思うけど?」
「双子の姉にコキ使われる前に、できれば逃げ出したいというのもある」
「あはは、確かに連れ回され、振り回されそうだもんね」
流星家は、芸能一家だ。
昴くんの亡き祖父は有名な映画監督。母である透子さんは脚本家。異父姉の双子は、それぞれ舞台女優と映画監督だ。
年齢が少し離れているので、幼い頃から昴くんは彼女たちに子分扱いされていた。
相変わらず暴君な姉たちの話、海外の映画界事情、これからの展望。
二十年ぶりの再会の上に、広い意味で同じ業界に属していることもあって、話のネタは尽きなかった。
そこに梨々花やジョージさんも加わって、一晩中でも話していられそうな勢いだ。
コウくんのことを思って、モヤモヤウジウジしていた気分も晴れ、楽しい会話でお酒も進む。
梨々花が頼んだマティーニのオリーブをくすね、パクリと咥えたその瞬間。
わたしが即答できないタイミングを見計らったかのように、昴くんが言った。
「というわけで、明日俺とお食事デートしてくれる?」
「……っ!?」