わたしのカレが愛するもの
曾祖父、祖父母、父親が医師で、大病院を経営する家に生まれた彼の夢は、最初は「お医者さん」になることだった。
しかし、ペットとして飼い始めた熱帯魚に夢中になり、もっと広い水槽――海に生きる物へと興味を広げ、大学は医学部ではなく海洋学部へ進学。
フィールドワークに明け暮れて、陸より海の上にいることの方が多い生活を送るようになった。
しかも、日本近海の海だけでは飽き足らなくなって、留学。そのままあちらの海洋生物研究所に籍を置くことになり、六年ほど日本を離れていた。
ありとあらゆる情報網、伝手を駆使してその行動を把握し、わたしが会いに行かなければ、すっかり疎遠になっていたかもしれない。
彼は魚を追いかけ、わたしは彼を追いかける。
ずっとそんな関係だった。
それが劇的に変化したのは、つい最近。今年の春のこと。
いつものごとく、事前の連絡もなしにふらりと帰国した彼が自宅で寝ているところへ押しかけて、わたしからプロポーズしたのだ。
断られるか、ごまかされるか、いずれにせよほしい言葉はもらえないだろうと思っていた。
ところが、あっさり「いいよ」との返事。
あまりにも予想外すぎて、彼は寝ぼけているんじゃないかとか、ノリでOKしたのではとか、いろんな可能性を考えてしまった。
しかし、そのままベッドへ引きずり込まれ、唇にキスされたので夢でも冗談でもないと信じることができたのだ。
そのキスが、わたしのファーストキス。
コウくん以外の男性には魅力を感じなかったので、ほかの男性とお付き合いしたことはなかった。
たぶん、コウくんも初めてだったんじゃないかと思う……というより、思いたい。
ヒトより魚類を愛するコウくんは、モテないわけではないが、カノジョがいたことはなかった。
モテ人生を歩んできた梨々花が言うには、「アラサー同士でファーストキスって、絶滅危惧種」らしい。
そんな希少生物のわたしたちだけれども、デート(らしきもの)は、コウくんが日本にいる間は頻繁にしていた。
休みが合えば映画だの食事だのショッピングだのに出かけ、お泊まりありで旅行なんかもしていた。
恋人同士ではなかったので、ひとつ部屋に泊まっても、キスも、キスより先の展開も、訪れることはなかったけれども。
梨々花が言うには、
「それ、タダの家族旅行でしょ」
だけれども。