わたしのカレが愛するもの
心の中で盛大に八つ当たりしながら、キッチンへむかう。
あまりにもプラトニックな関係が長すぎたわたしたちの場合、キスひとつするにもハードルが高い。
どうしても、「キスするぞ!」「はいどうぞ!」みたいなノリになってしまう。
なんとなく、とか。流れで、とか。雰囲気で、とか。そんな風にはいかない。
どうすればいいのか、誰かに相談したところで、今度はその通りにしようとしてぎこちなくなるだけだろう。
慣れ、が大事なのかもしれないけれど、慣れるためには回数をこなす必要があり、回数をこなすためにはキスしなくてはならず……そして、振り出しに戻る。
ちなみに、わたしとコウくん、「キス」以上のことはまだしたことがない。
(わたしが、襲いかかりたくなるような、フェロモンダダ漏れのセクシーな女性だったら、ちがうのかな……)
「冷蔵庫から、サラダ出すよ?」
「うん、ありがと」
立ち直りも切り替えも早いコウくんは、そこはかとなく落ち込むわたしとは対照的に、ニコニコテキパキ働く。
「ワインがいい? ビールがいい?」
「ワインがいいかも」
「ちょうど貰い物の赤がある。それでいい?」
「うん」
コウくんは、わたしが料理していると必ず準備を手伝ってくれる。
気を遣っているわけじゃなくて、彼にとってはそれが普通。
家事は、任せるものではなくて、分担するもの、手伝うもの。
そんな風に考えるようになったのは、家庭環境が影響していると思われた。
事情があって、コウくんの両親は彼が生まれる前に別れていて、復縁し、結婚したのは彼が生まれたあと。三歳の時。
それまで母子二人暮らしだったこともあり、コウくんは律ママのことをとっても大事にしている。
小さい頃から家事などお手伝いを進んでしていたし、大きくなってからは荷物持ち、お庭の手入れも手伝っていた。
大学生になってからは、フィールドワークに出ている時は別として、律ママが出かける時は送り迎えもしていた。
そんなコウくんを見て、マザコンだと言う人もいたようだけれど、「大事なひとを大事にすることの何がいけないのか、さっぱりわからない」と肩を竦めていた。
わたしもまったく同感。
大事なひとだからこそ、「これくらい大丈夫」「わかってくれる」なんて甘えた思いから、ないがしろにしがち。
大事にしようと思った時には手遅れ、ということだってある。
だったら、できるうちにした方がいい。
フォトグラファーとして活躍している母の口癖は、『そうしたいと思った時が、ベストなタイミング』、だ。逃がしたシャッターチャンスは、二度と訪れない。