未知の世界7
目を開けると久しぶりの寝室。
よく眠れた…
頭も体も軽くなってる。
時計を見ると、
ん?
帰ってきてから…あまり経ってない?
家に着いたのが9時過ぎで、今も…9時過ぎ?
窓を見ると、外は真っ暗で、朝の9時じゃなくて、夜だということがよく分かる。
起きなきゃ…荷物を片付けて、
明日の準備に取り掛かろう。
とベッドから起き上がって、ふらふらしながらリビングに向かう。
ふぅと、一息吐いて、リビングのドアを開けると…
『…かな?』
そこにいたのは孝治さんとお父さん。
『おぁ、かなちゃん、おかえり。』
お父さんは仕事だったから、空港にはいなかった。
「お父さん、ただいま帰りました。」
そういうとソファに座ったままのお父さんは両手を広げる。
そこまで来て、ハグをして欲しい。
という意味。
ふらふら、よろよろしながらソファに行くと、
『会いたかったぞ、かなちゃん。』
ぎゅうっと苦しいくらいに力強く抱きしめられる。
「ゔ…」
なんとか出た言葉を聞き、ようやく解放される。
『よく頑張ったな。研修も治療も。』
「はい…お父さんお母さんや孝治さん、そしてジャクソン先生に本当に感謝しています。」
『お母さんから聞いたぞ。ジャクソンから相当可愛がられたようだな。』
ハハハと大きな声で笑うその隣で、若干ツノが生えた表情の孝治さん。
なんて言っていいのか…
「ぇっと…欧米式の挨拶くらいに思ってたのですがね…。ジャクソン先生はそうではなかったようで。」
『まぁ気にすることはないさ。
あいつの一途なところは、今も昔も健在なんだな。』
再びがはがは笑うお父さんの隣に、私は何とか座る。
「そうだ、荷物の片付けをしなくちゃ。」
とリビングに置かれた旅行カバンを見る。
『そんなのいつでもいいから。』
どことなく素っ気ない孝治さんが言う。
「いや、でも明日から仕事だし。」
そういうとお父さんが目を丸くする。
『あれ?聞いてなかった?』
と孝治さんに目をやる。
『明日から二週間は、今まで休まず働いていた分の休みと療養』
さらっと返す孝治さん。
「えっ?でも、アメリカで休みはもらってましたよ?」
『それでもゆっくりは休めなかっただろ?』
「でもでもっ!
やりたい仕事がたくさんあるんでっ」
言い終わらないうちに
『医局長命令だ。』
そう言われてしまったら、言い返せない。
『まず明日は病院へ行って、検診を受けて。
異常がなくても二週間は身の回りの片付けや療養をすること。分かったか?』
と次第に怒り始めた孝治さん。
「……療養は…分かったけど…
明日検診だなんて…聞いてないよ。」
最後は、聞こえないほど小さな声で。
『アメリカでの最後の検査データは届いてるけど、この長旅で負担も大きかっただろうし。
アメリカでの薬も日本のものに切り替えなくちゃならないからね。』
お父さんに諭される。
しょうがない…
「…はい。」
と返事をして、部屋に戻ろうと立ち上がると、
『かなちゃん?疲れているだろうけど、診察させてもらおうかな。』
と腕を掴まれ、再びソファに座る。
やっぱりこのまま逃げれないか…
どこからから手品のように出してきた聴診器を耳にはめて、私がまくった服の下から胸に当てる。
聴診器を持つ反対の手で、私の背中を押すようにして聴診を始めるお父さん。
それに合わせてゆっくり深呼吸する。
その頃孝治さんは、お風呂のスイッチを入れた後、コーヒーも淹れ始めた。
そんな孝治さんを見ていると、私のいない間、一人で生活していたことがなんともなかったかのように思える。
私がここにくる前は、自分でやっていたんだ。
私、ここに来て何年だろう…
何年…私が孝治さんの家のことを…やっているのだろ…
『ん?かなちゃん?』
少しずつ眠気に襲われて、気づくと前後に船を漕いでいた。
『眠くなっちゃったね。
深呼吸、深呼吸…』
そう言われて再び聴診されていることに集中する。
『はい、いいよ。』
それからはリンパを触られ、額をグッと押され熱を測られ、手首で脈を測って何事もなかったのか、満足そうに聴診は終わった。
『うんうん、いい調子だね。』
「ありがとうございました。」
服を直しながらお礼を言うと、もう一度、
お父さんからハグされる。
『あぁ、無事に帰ってきてくれて、本当に良かったよ。』
お父さん…
私のことを本当に心配してくれてたんだ。
アメリカでの生活で、本当のお父さんとお母さんに会えた気がした。
でも、私には今もう一つの親がいる。
孝治さんのお父さんお母さん、というより、二番目のお父さんとお母さん。私の実のお父さんとお母さんのような。
いつも受けてばかりのハグに、しっかり両手を開いて力を入れると、それにさらにお父さんが応え…
『うっ……』
苦しっ!
苦しくて、でも嬉しくて、それが心も体も満足しているのを、感じながら睡魔に襲われる。
ピロリロリン〜♪
その音で目がしっかり覚めて、お風呂に入らなきゃという気持ちと、コーヒーの匂いにそそられて飲みたいな…と思う。
『かな、冷めないうちに入ってこいよ。』
そう言われて立ち上がると、まだふらふらしている。
そんな私を見て、いつの間にか用意されたパジャマを手にした孝治さんに手を引かれ、お風呂に連れて行かれた。