未知の世界7
『今日はこれで終わり。検査結果は佐藤先生に渡しておけばいいか?』
「……。」
一瞬、固まる…。
結果はたぶん悪くはないだろうけど…
自分で受け取れば、孝治さんに見られることはないし…
そうしようかな。
「いえ、私が受け取りに来ます!」
『そうか…じゃあ、早めに結果を出してもらうから、数日後に連絡するから。
佐藤先生に言えばいいな。』
「いえ、私に直接連絡くださいっ」
『おぉ…分かった。』
結果が出たことを知られたら、意味がないから。
私に連絡をもらうことにした。
『お前…なんか企んでるだろ?』
ギクッ!?
分かりやすく体が反応してしまった。
『はい、ここに座れ。』
近くの椅子に座らされる。
『さっきもボーっとしてたけど、色々思うところがあるんじゃないのか?』
う…図星。なぜ石川先生には分かるんだろう…
『あのなぁ、俺が何人の患者を診てきたかわかるか?
佐藤みたいな治療嫌いな患者、どんだけいたか…
そういう患者に限って、自分よりも違うことに頑張るんだよな…。』
真正面から真っ直ぐと私の顔を見て話す石川先生。
何か仕事上での指示を出す時は、ほとんど私の顔なんて見ない、素っ気ない態度が多い石川先生だけど、こういう時は私の目を離さない…。
それが何とも緊張してしまうのだけど…。
『ん?仕事のことか?』
完全に言い当てられ、お手上げ…
なんで分かってしまうのか…
目を見つめてくる石川先生に、チラッと顔を向けてから答える。
「…その、この療養期間がとてももったいなくて。
せっかくアメリカで勉強してきたことを、自分の患者さんにできないんなんて…。」
そういうと石川先生はやっぱりそういうことかと、納得したような目で。
『療養するのは緊張していた留学生活が一区切り付いたんだ。ここからきっと体と心の緊張が取れて、何かしら疲れが一気に出てくる。
このまま仕事をしたら、体調が酷くなる。』
そう言い終わる頃に、
「それって、やっぱり私は、いつまでも強くなれないってことですか!?アメリカで手術を受けて、心臓が良くなってきたって言うのに?」
矢継ぎ早に口から出る。
そんなに自分に驚く私を、落ち着いて答える石川先生。
『そうじゃない。それはお前だけのことを言ってるんじゃない…。
誰だって長いこと違う環境にいたら、緊張から解き放たれて体調は悪化するもんだよ。
お前もそういう患者を診てきただろ?』
そうだけど…医者はそんな休暇はもらえない…孝治さんが海外から帰って来た時だって、お父さんが帰って来た時だって。
長い休みなんて一度もなかった…
『誰だって、何かしら不調が現れるんだ。それを療養期間に治して、スムーズに仕事に戻ることができるんだから、医局長の計らいをちゃんと受け入れるんだな。
それに、オペを受けたからこそ、療養して様子を診るべきなんだ。
もしお前と同じ症状の患者が、同じように長い海外生活をして帰ってきたら、同じようにゆっくり休むようにすすめるだろ?
お前なら患者がそうするように、そしてそうするまでしつこく説得するだろ?』
そう…間違いなく石川先生の言うようにそうすると思う…。
だけど私は医者…
私の患者さんにいい治療になることを一日でも早くしてあげたい…。
目の前の石川先生が、両肩に手を置き、
『とにかく今は療養するんだ。
結果は佐藤先生に伝えるから、それを見てから仕事に復帰する日を決めような。』
と諭す。
「はい…」
そう返事をすると、気をつけて帰るように言って立ち上がった石川先生は、部屋を後にした。
帰りのバスの中でも、悶々としていたけど…
結局、私の納得とかそんなことは誰も求めていない…。
私が仕事に戻らないことは、みんなが望んでいる…
だから、そうするしか…ないみたい。