未知の世界7
と、言うことで…
術後2週間が経ち……
今後の経過観察に研修も兼ねて、
お母さんとかなが残ることになった。
かなは自分のためにお母さんをアメリカに留まらせることに、申し訳なく思う反面、
お母さんと生活しながら研修も続けられることに喜びを感じていた。
またお母さんは、さっそく張り切って、以前住んでいた家の掃除、買い出しなどにスーパーを行き来していた。
『私ね、本当に今回かなちゃんのためにアメリカに残れることが嬉しいの。』
病室で買ってきた服を広げて、楽しそうに話すお母さんを見ると、かなはお母さんへの申し訳ない気持ちが和らいだ。
『そろそろ…吸入の時間ね。』
と時計を見ながら言うお母さんは、まるで孝治さん。
こういうところは、お父さんよりも厳しい。
お母さんは立ち上がり、また明日来るからね、と言い残し部屋を後にした。
「吸入か…」
ベッドから渋々降りて、カーディガンを羽織り廊下を出る。
一般病棟から少しだけ離れているけど、一般の患者さんもちらほらいる。
一応、私もこの病院で働いてるから、VIPまでは行かないけど、個室で入院している。
退院もいよいよ間近になっているけど、吸入は毎日欠かさずやらされている。
私が吸入のある部屋を歩く途中、すれ違うナースから声を掛けられる。
日本では、みんな頭を下げて会釈するけど、こちらでは
『Hi!!』
とドクターもナースも関係なく声を掛けてくる。
それがまた、居心地がいい。
部屋に入る直前、廊下の向こう側からやってきたのは、ジャクソン先生。
『かなー、今日は時間通りに来れたね。』
たまに、いや頻繁に…
吸入の時間に遅刻しちゃう私。
遅刻したところで、自分でやれることだから、誰にも迷惑はかけないけど、吸入をした記録はしっかり残るから、ジャクソン先生はちゃんと見ているようだ。
ジャクソン先生を待って部屋に入ると、しっかり背中に手を添えられ、いや、掴まれているような力加減で、私を吸入器の前に連行していく。
「そんなに近づかなくても…」
ボソっと日本語で言ってみると、しっかり聞いていたようで、
『逃げるからな。』
と答えるジャクソン先生。
日本語、どんだけ分かるんだ…
それ以上に、私の過去の逃走劇が全て暴露されているようで…こちらに来てからほとんど逃げたことないのに、私は逃走犯のような扱い。
『はい、じゃあ今日も頑張ろうね。』
楽しそうに言うジャクソン先生の目の前で、椅子に座ってマスクを付ける。
はぁ、吸入なんて部屋でもできるんだけどな。
と思うけど、前に聞いた。
大型の機械の方が若干だけど、薬が出るということ。
それが理由というより、私がナースやドクターの前でなければサボるだろうと思われていること。
それは、私だって嫌なこともあるし…
なんて考えていると、
「ゲホッ!」
意識してないとついむせてしまう。
そしてそれを見逃さないジャクソン先生は、首に掛けている聴診器で私の背中を聴診し始めた。
『かなちゃーん、ちょっと最近、喘息の方はどうなの?
心臓ばかり良くなって来たと思ってたら、ちょっとこの感じは、夜も出てるんじゃない?』
と背中からグサグサと確信をついてくる。
「う……いや……あの…。
若干咳が出ることはありますが…その。
体調には異常ありません。」
なんて答えるけど、ジャクソン先生は私の頭をゲンコツで挟むと、両手を軽くぐりぐりと回し、
『正直にいいなさい』
冗談は一切なく、低い声で言われる。
これ以上ふざけるのはヤバいな…と感じ、
「数日前から…寝ている時に咳が…。
でも、咳き込むくらいで、発作とは呼べない程度で」
と言いかけたところで、
『若干でも、発作でなくても、ちゃんと言いなさい!』
と強く言われると、これ以上は何も言えなくなってしまう私。
ジャクソン先生みたいなタイプを怒らすのが一番怖いことは、この数ヶ月でよくわかった。
『さあ、部屋に戻って、しっかり休むよ。』
吸入が終わると同時に、今度は部屋に連行された。