未知の世界7
翌日、外来診療からスタートした。
一緒になったのは、これまたまいと実習中の良子ちゃん。
『じゃあかな、患者さんを呼んでいいかしら?』
まいの問いかけに準備万端の私は、
「お願いします。」
と答えると、良子ちゃんが慣れた様子で、廊下にいる患者さんに声をかけた。
そんなこんなで三人で外来を終えたのは12時を過ぎていたけど、いつかあった『かな行列』(小児科の職員から名づけられたのだけれども)の頃を思うと、とても早く終わった。
あの時は、かな狙いの子供の親が病院に押しかけて大変だった。
そして決まったのが、あらかじめ外来の先生の名前は公表しない。
公表するのは、専門の先生だけで、既に患者さんが振り分けられているので、混乱はなかった。
小児の心臓を専門で診ることのできる幸治さんも石川先生も、全国から心臓疾患の子どもたちがやってくる。
手に負えない場合は名誉教授であるお父さんも出てくる。
そう思うと、自分の周りにいる人って、すごいんだな・・・
と改めて感じる。
外来を終えてそのまま、まいと良子ちゃんとご飯かと思いきや・・・・・・
まいは今日、たけるとご飯をするそう。
食堂以外に喫茶店やはやりのカフェも入っていて、ランチする医者や看護師、臨床心理士、検査技師、事務員はたくさんいて、患者さんや患者さんのご家族とも混ざって食事をしている。
ここの病院は夫婦だったり付き合っているカップルに、意外と寛大だと思う。
夫婦やカップルで食事する時間をとることも、推奨しているくらい。
そうした光景を見て、家族ぐるみで病院に貢献していると、院長は捉えている。
それに、他の病院に比べて産休育休制度はとても取りやすいし、復帰もしやすい。
託児所も充実していて、保育園も併設している。
それだけでなく学校も近くて、学童もあるので、病院職員だけでなく、結婚して出産してから医師や看護師になった人も子供を預けている。
なんなら、ここの産婦人科で生まれ、ここの託児所、保育園、学童で育ち、そのまま付属の大学に入って医師や看護師になった人もいる。
私もいつかそこを利用するときが来るのか・・・それは全く想像できないけど、、、
そんなことで、今日のご飯は良子ちゃんと二人。
前日のように向き合って食べる。
私の食事の量も少ないけど、良子ちゃんもなかなか少ない気がする。
入院中はそんな食べない子ではなかった覚え。
『かな先生、あの時よりもよく食べれてますね。』
「え?そう?」
『頬がこけてなくて、若干ふっくらしてるから。』
「太ってる!?」
慌てて聞くと、
『いや、むしろちょうどいい具合。前が痩せすぎだったような・・・』
「そうかしれない・・・・。
良子ちゃんはどう?実習中って緊張もしてるから、食欲なくならない?」
私もそうだったし。
『そう、最近食べられなくて。』
「私も同じだったからよくわかる。」
『実はね・・・かな先生。』
「ん?」
小さい声の良子ちゃんに、耳を寄せて聞いてみた。
『・・・・・私、ここの病院から看護学校近くの病院に紹介状を書いてもらったけど、
そこには行ってなくて。』
「うん、町のクリニックに行ってるって言ってたわね。」
『それ・・・・嘘なの・・・』
「へっ!?」
『実はあれからどこの病院にもかかってなくて。
看護学校入って、病状が悪化したら、学校もやめなくちゃならないと思って。』
嘘だったの・・・・・良子ちゃんって手術してからの経過観察も必要だし、投薬もいるし・・・
あれからちゃんと通院していたとしても、まだ健診は続いているはずなのに・・・
「それで、何か気になるなぁってことある?」
あまり医者っぽく質問すると、身構えて答えてくれないのは経験積みなので、友達として同僚として、
装って聞いてみる。
『ぇっと、たまに・・・・・昔ほどの苦しさではないけど、胸を締め付けられることが。』
「へぇ、いつごろから?」
『一年くらい前かな。学校入ったときは特になかったけど。
食事とか学校の授業である体育とか、みんなと同じようにしてきたからかも。』
え?食事や運動制限もなく!?
「そっか、それでずっと悩んでたんじゃない?
私によく言ってくれたね。本当にありがとうね。」
『かな先生ならわかってくれるかと思ってね。』
「それで、学校卒業したら、この病院をまた受診するって佐藤先生に約束させられてたけど・・・
その気はあるのかな?」
ここは良子ちゃんの気持ちを優先するつもりで聞いてみる。
『ない・・・
いや、なかったけど、かな先生が頑張って治療もしながら仕事もしてることを思い出して、
やっぱり私も病気と向き合わないといけないかな・・・とも思ってる。』
それを聞いてホッとする。
「そうか、じゃあそのことを佐藤先生に、いつか話さないとならないね。」
『そう・・・だけど、このこと、かな先生から言ってもらえないかな?』
「え?私から話していいのかな?」
『自分からなんて絶対むり!!』
泣きそうな顔の良子ちゃん。
「いいわよ。その代わり、症状とかも細かく教えてくれるかな?
私が伝えたら、すぐにでも健診したいと佐藤先生に言われたらどうする?」
『うん、かな先生にはちゃんと話す。
健診したいって言われたら・・・看護学校卒業してから入院したいって自分の気持ちを伝えてみる。』
うん、それは大事だね。たぶん卒業してからっていうのは、叶わないだろうけど、それは私が言うべきではない。
「入院するかもしれないって思ってるってことは、それくらい良子ちゃんは辛い目にあってるんだね。
ほんとに一人でよく頑張ったね。どうしようって不安になってたでしょ?」
そんな声を掛けると、良子ちゃんは涙をポロポロ流し始めた。
『良子ちゃんは何一つ悪くないからね!悪いのは良子ちゃんをむしばんでる病原菌!!!
だから自分を決して責めないでね。』
涙をハンカチで拭いている良子ちゃんを見て、自分の辛かった闘病生活を思い出した。
「一つだけ、私には止められないことがあるけどいい?」
何だろうと不思議そうな顔の良子ちゃん。
「このことを佐藤先生に伝えるけど、そのあと、佐藤先生から看護師長や看護学校の先生に伝わってしまうかもしれない。
それは私にはどうにもならないの。」
『え?それは嫌かも・・・・。』
その言葉を聞いて若干焦る。けど、焦らず・・・
「でもね、良子ちゃん。学校の先生はあなたが在学中に、とてもよくお世話を焼いていなかった?
特に親元離れて寮生活してるあなただからこそ、自分の子供のように面倒見てたんじゃない?」
『うん。他の子たちよりもずっとよくしてくれてた。』
「そうだよね。
だからこそ、親代わりの学校の先生にはちゃんと話すべきじゃないかな?
そのことを実習中の看護師長や主治医の佐藤先生から聞いたら、どう思うかな?
私なら、もっと早く話して欲しかった。直接聞きたかったって思うな。
ましてや普通の会社に勤めてる方じゃなくて、看護師になる子を育てている上、先生自身も看護師さんなんだもん。
あなたの体に気づけなったことを、とても後悔すると思う。
違う?」
『うん、絶対にそうかも。』
「なら、あなたの口から、それはちゃんと話しなさい。」
『わかった・・・。』
「私はあなたが仕事が終わって病院を出たころに、佐藤先生に話すは。
今話したら、すぐにあなたのところに飛んでいくだろうから。」
『かな先生・・・いや、かなちゃんに戻ってる』
泣いていた良子ちゃんはもう笑っている。
『医者のようで医者らしくない。これが逃亡術の前段階みたいな・・・』
「良子ちゃん、私はただの医者じゃない。
患者さんの辛い気持ちを知っている医者なの。
まぁ私は怒られるだろうけど、そんなの気にしない。
どうせっていう言い方をしたらいけないけど、いますぐ佐藤先生に言っても、あなたが帰ってから言っても、
治療を開始するのはもっと先になるだろうしね。」
そういうと、納得した顔の良子ちゃん。
「その代わり、帰ったらすぐに学校の先生に話すのよ。」
『はい。』
はっきりとした表情の良子ちゃん。
これで一歩前進かな。
私は良子ちゃんから聞いた詳しい症状を紙に書き留めた。
かなり悪化している症状に、若干冷や汗をかきつつ。