未知の世界7
ご褒美
『かなちゃん、ところで次はいつにしようかな。』
石川先生の『ちゃん』付けて呼ばれる時ほど怖いものはない。
「何がですか?」
一度はとぼけてみせる。
『そんなお返事だと、今からでもいいんだけど?』
「いえ!ごめんなさい。今日以外でお願いいたします!」
すかさず頭を下げてお願いした。
『あの、先輩?』
「ん?」
直子が反対側の机から不思議そうな顔で見ている。
『なんで健診が嫌いなんですか?』
「え!?」
『あ、ごめんなさい。答えたくないのでしたら結構ですっ!
私、健康一筋で来たので、その…あまり患者さんの病院嫌いがいまいち分からないので…もしよろしかったら教えてください。』
「え…こ、ここで…」
周りにいる先生方も、直子の質問に同感のようで、、、、、
答えるしかないようで。
「えっと、まぁ女の子だから、体を男性に見せるなんて・・・」
『まさかそんな理由じゃないよな?』
隣の石川先生には通用しない。
「はい・・・その通りです。
高校生の頃はいろいろあってそうだったけど。今はそうではないよ・・・。
一番嫌いなのは吸入!」
もうどうにでもなれ!開き直れ!
と私の中の何かが言っている。
「あれ、やったことある?なんか鼻が押しつぶされそうな臭いがして、それに最初にむせちゃうともう終わり!
あんな臭い薬やめて、もっといい香りのものがあればいいのに・・・例えばバニラの香りとか?」
『バニラですか』
「そう!あの臭いにむせたら最後!!私は咳を出したらそれが止まらなくなっちゃうから、そうなったらもう止まれない!
修正しようと頑張るけど、そこから発作につながるんじゃないかって、毎回命取りな気分。
他にもあるよ!
針!!
人の体にあんな鋭いものを入れて、痛くないわけがない。
採血なんて血が引いていく瞬間、全身から血が抜かれるのがよくわかる!
その瞬間手先はしびれるけど、そんなこと言ったら採血は終わらない!
それから点滴は体中が冷えるの。あれは拷問だよ。
だってね、布団をかぶると腕についた点滴は押されてさらに痛いし、だからと言って布団から手を出していると体は冷えたまま。
他にもある。気管挿管ってね、されたときは記憶がないの。でも意識が戻ったときにしてると、喉は完全に開いていて痛いし、咳をしてまた苦しくなって。それでも自分では抜けない。意識が戻っても、すぐに誰かがそばにいるとは限らない。
その状態からしばらくして、管を抜いてもらっても、その抜くときがたまらなく怖い。
まだまだあるよ。心電図はいいけど、エコーはジェルが冷たくて、胸がキュんってなるの。
あったかいジェルが入ったけど、すべてのエコーがそのジェルになったわけではないでしょ?
あとはね『もう終わりにしとけ。』
静かな声が後ろから聞こえる。
ハッとしたら、みんなドン引きな顔をしていた。
『せ、先輩、ご教授ありがとうございました。
か、患者さん、みなさんそんなに辛い思いをされていたんですね。
とてもよくわかりました・・・。』
直子は自分の仕事にシレッと戻っていった。
『みんなそんなこと聞かされたら、仕事しづらいだろ。』
医局で聞いていた先生方もそんな顔をしていた・・・・・
隣の石川先生を見ると、馬鹿だなぁって顔であきれている。
「ご、ごめんなさい。」
『この日、予定ないだろ?ここにするな。』
とメモ書きを置いて、返事も聞かずに石川先生も去っていった。
なんとまぁ居心地が悪いこと・・・。
石川先生のメモ書きを見て、その日は休みにする申請と、進藤先生への電話連絡を済ませ、携帯電話のスケジュール表へ記載して席を立った。「そんなことがあったんだよー」
と話すとゲラゲラ笑う良子ちゃん。
『それ分かるけど、先生には行ったらだめだよ』
おなか痛いーと言いながらまだ笑ってる。
「みんな知らないで治療していたことの方が驚くよ・・・。」
『こればっかりは経験したことのない人にはわからないでしょうね。』
「まあね。ところで勉強はどう?」
山積みの机の上の参考書をちらっと見ながら聞いてみる。
『分からないところは小児科の看護師さんや師長さんまでもが教えてくれて。
それに国家試験で出る傾向の問題を分析してくれたり、看護学校での試験の内容も大抵どこでも同じようなものらしくって。
みんなが教えてくれるから、今のところは困ってないかな。
あとは治療がスムーズに行くようにご飯はしっかり食べてる。おかげでこんなに太っちゃった。』
うん、確かにいい感じで肉がついてきている。
『かな先生はどう?』
「私ぃ?私は今のところ疲れが出るほど仕事してないかな。」
『ちゃんと薬飲んでる?』
「はい、今のところ、欠かさず飲んで吸入も毎日しております。」
と返事をする。
白衣を着た私が、ベッドで入院服の良子ちゃんに言われておかしくなって、二人で吹いていしまった。
個室の病室で笑っていると、ノックの後に、ドアが開いた。
『やっぱりここにいた。かな、ちょっといい?』
「あ、はい。今行きます。」
そう答えて席を立つと、
『ダーリンのお出ましっ』
とささやき声の良子ちゃん。
「も~」
なんて言いながら部屋を後にした。