未知の世界7
スタスタと振り向くこともなく歩いていく幸治さんに遅れをとらないようにと、後をついていく。




どこに行くのかは、何も言わない。




いつもついていけば、処置室とか検査室とか、さんざんなところばかりだけど、そうではないみたい。




エレベーターに乗り込むけど、他の人もいて会話はできない。




そのまま1階に行ってあまり足を運ばないところへ歩いていく。




ん?ここって・・・




『はい、こっち。』



言われた席に座った。



『何飲む?』




そう、連れてこられた場所は院内のカフェ。




「え?仕事中に?」




『いいだろ?休憩は自分たちで空いたときにとることになってるから。それに、こんなところ二人で来るのは初めてだろ?』




確かにいつか結婚式の準備の時に、二人でカフェに入ったけど、あれから外食したくらいで、こういう時間って全くなかった。




「まるでカップルみたい」



ボソッと言ったつもりが



『いや夫婦だから・・・』



聞こえていた幸治さんに突っ込まれた。




『コーヒーなら飲めるだろ?他にも紅茶もあるし・・・』




メニュー表を見てわくわくが止まらない。






「飲み物だけ?」





『そうだな…薬はどこにある?』




「医局の机の引き出しに。」




そしてどこかへ電話をかけ始めた幸治さん。



『飲み物だけ決めておけ、俺はアイスコーヒー』



そう言って、誰かと話しながらさっき乗ってきたエレベーターに向かっていった。




誰と話しているのかわからないけど・・・・・



メニュー表を見てまたわくわくした。




ん?これって。





「あの、すいません。」






久しぶりのカフェに店員さんへ声かけるのもドキドキ。





『はい。』





「ここにあるデカフェって何ですか?」





『こちらはカフェインレスのコーヒーになります。カフェインを含まないようにできたコーヒーです。妊娠中の方や、カフェインを摂らないようにされている方にオススメのメニューです。

お味も普通のコーヒーとそう変わりません。』






そうですか…ならそれをホットで一つと、普通のアイスコーヒーをお願いします。





はい、かしこまりました。と頭を下げてカウンターへ向かう店員さん。





注文を終えた頃に、孝治さんが戻ってくる。





はやっ!





『これで良かったか?』





手には私の薬ポーチ。






「え?取りに行ってくれたんですか?」





『ううん、途中まで。行ったのはたける。』





たけるに電話してたのね。






最近たけるのことを弟のように呼び捨てして。私がそういうからかな?






それにしても仲のいい二人。





『これ飲んだから、ケーキを食べろよ。





あ、でもカフェインに糖分じゃ、ちょっと厳しいかも。』





「なんかね、コーヒーにカフェインの入ってないものがあってね。それを頼んでみたの。」





驚いた表情の孝治さん。





なら大丈夫だろ、と席に着いた。







薬を一つ一つ開けながら、どのケーキにしようか悩んじゃう。






どれも美味しそうだけど、やっぱり…






「ショートケーキ」







『分かった。全部は多いから、少し俺が食べるぞ。』








「はいっ!」






それでもいい。病気する前も同じものを食べられると思うと嬉しかった。






『ものすごい幸せそうな顔だな。』






「だって、ケーキなんて久しぶりで。」






『まぁそうだな。これは今回の件のご褒美だな。』






「えっ!?良子ちゃんのこと?」






『あぁ。仕事で頑張ったからな。』





そんなふうに褒めてもらえたと思うと嬉しくなった。





『だからと言って、頑張ることと無理することは別だからなっ。これで、健診の結果が悪ければ、しばらくケーキみたいな甘いものは無理だぞ。』







「は、はい。もちろんです。」






『ところで…何か視線が痛くないか?』






それはそうだよ…だってねぇ。






『孝治さんじゃないですか?





孝治さんが私とこんなところにいるから。』






「はぁ?」





『この病院で私たちのことを知ってるのは、内科、小児科、救急の人たちだけじゃないですか?





大きな病院だから、孝治さんは知られていても私の存在なんて知られてないはずです。』







「まぁ、そうだな…それでなんで、俺がかなといたらダメなんだ?」






『…鈍すぎです。





孝治さんのようなイケメン、病院中の女性が狙ってるに決まってますよ。





結婚してることを知らないんだから、今ここでこうしてることに、みんな彼女?同僚?部下?って思って訝しげな顔して見てるんですって。』







本当にそういうことには鈍感…だから今まで付き合ってきた人があまりいなかったんだろう。






「くっだらん。




まぁいいや。」






そういうとケーキとコーヒーが運ばれてきた。






「お先に食べてください。」






そう言って一つしかないフォークを孝治さんに渡す。






ケーキの3分の1をフォークでグサッと刺すと、持ち上げたケーキを全て口に入れた。






「わっ!大きい口っ!」







『このくらい平気だぞ。』







とフォークを返される。






「わぁ美味しそう!」






次いつ食べられるか分からないから、一口ずつ慎重に食べ進めていった。






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