未知の世界7
ゆっくり目を開けると、見慣れない天井。
どこ…
口の呼吸器と胸元に張り付けられたパッドを見れば、何が起きたのかすぐに思い出す。
病室の扉を見ると、奥にはナースステーション。
夜中でも何人も常駐しているアメリカのナースステーション。
日本のように数人体制ではなく、大勢の看護師、看護助手、そして医師が立ちながらパソコンやモニターを見ている。
その様子を見ていたかなに気づいたナースが、誰かに声を掛けている。
すぐに部屋に入って来たのはジャクソン先生。
あぁ、確か一番に来てくれたのが、ジャクソン先生で。
ホッとしたせいで、目をつむってしまったんだっけ。
なんて思っていると、病室にジャクソン先生が入ってくる。
『かな、目が覚めたんだね。気分はどう?』
首にかけていた聴診器を耳にはめて、心電図をつけられた胸を聴診するジャクソン先生。
手早すぎる…
「…なんとか、大丈夫です。」
咳のし過ぎで、枯れた声でそう答えると、
『だから、何度も言ってるでしょ?
大丈夫というのはこういう時に言わないの。
この状況で大丈夫な人はいないから。』
そんなこと言われたって…
「………。」
『肺はどう?痛いんじゃない?喉は?』
部分的に痛いか痛くないか聞かれ、正直に言わなくちゃいけない状況。
「……ちょっと、痛い。」
『はぁ。ちょっとって、絶対、すごく痛いでしょ?
あんな咳をしたら、肺も喉も焼けるように痛いはずだけどね。』
まぁそうだけど……
『心臓はどう?苦しくない?』
「心臓はなんともないです。
肺のほうが……痛いです。」
『でしょ?ちゃんと正直に言いなさい!』
と口は厳しいけど、手は私の頭を優しくなでるジャクソン先生。
『喘息は心臓が落ち着いてくると、出てくるみたいだね。
日本からのカルテも心臓が落ち着くと、発作が出てるね。
喘息発作さえなければ、そろそろ退院して日常生活を送る予定だったけど、あと一週間は延期かな……。』
はぁ、そうなるよね…。
それは最近、夜中に咳が出るようになったときに、そう思っていたので、
覚悟はしていた。
ひとまず、心臓に何もなくてよかったとホッとする。
「心臓のほうは?」
『検査結果はすごく良好だよ。
まだかなは聞いたことなかったよね?』
そういいながら、耳にはめていた聴診器を私の耳にはめる。
ゆっくり私の胸に、聴診器を当てるジャクソン先生。
~ドクン…ドクン…ドクン…~
しっかりと、ゆっくりと鳴る心臓。
今までは子供と同じ速さで早くなっていたけど、もう今は違う。
速さはほとんど大人の速さ。
頑張ったね。
ともらった心臓に手を当てると、自然と涙が出た。
『かな……。』
私の思っていることを理解したのか、そっと私の頬に伝う涙を、ジャクソン先生の長い指が拭う。
『この調子なら、喘息さえよくなれば、また研修にも戻れるからね。
日常生活を送って、異常がなければ、研修を二週間して、日本に帰国することになるけど、いいかな?』
「帰国……?」
『そうだ、もう研修期間はだいぶ過ぎてしまってるけど、院長の計らいで、もう少し伸ばしてもらったよ。』
院長……確かここに来た初日にお会いした。
「……ありがとう、ございます。」
もうすぐ帰国か……。
まだ研修したい気持ちと、日本を懐かしく思う気持ちで複雑だけど、早く退院して研修に戻りたい気持ちの方が大きくなっていた。
『よし、そしたら、まだ朝まで長いから、ここでゆっくり眠ってね。』
そういい、私の額にキスをするジャクソン先生。
このやりとりにすっかり慣れてしまった。
幸治さんに見られたら、恐ろしいな……。
なんて思いながら、目を閉じた。