天正さんちの家族ごっこ〜私に異母兄弟が七人もいる件について〜
 結局、居眠りしちゃって、ろくに本を読み進められなかった。あーあ、本当は今日で読み終えるつもりだったのに……。

 私は己を反省しながら来た時みたいに芒と手を繋いで帰路を歩く。予定がくるっちゃった。やっぱり夏は好きじゃない。

 家の前に着くと芒は私より一足先に、とたとたと足早に玄関の戸を開けその隙間をくぐって行った。

「ただいまー」

 芒がリビングの扉を開けてそう言うと、いつも通り藤助兄さんがキッチンから出て来た。

「二人とも、おかえり。芒、絵は描けたの?」

「うん、描き終わったよ」

「そっか、良かったね。
 あっ、そうだ。牡丹、友達が来てるよ」

「友達ですか?」

 誰だろう、美竹かな。それとも紅葉ちゃん? でも、約束なんてしてなかったよね。

 首を傾げながらも芒に続き、一歩、足をリビングへと踏み入れる。

 だけど――。

 刹那、私の手の内から、ばさりと本が滑り落ちる。ほんの一瞬だけど全神経が停止した。

 どくん、どくんと鼓動は自然と速まり。その音ばかりがはっきりと、脳内へと響き渡っていく。

 そんな私には気付かず、藤助兄さんは、「帰って来たよ」とソファーに座り込んでいた人物に声をかける。するとその影はゆっくりと立ち上がって、漆黒色の短い髪の毛を揺らした。

「どうして……?」

 吐き出したい言葉はのど奥でもだえ、声に出されることは決してない。生唾を飲み込んでみるけど、それはなんの慰めにもならない。

 他に術が思いつかず、私は力任せにぎゅっと拳を強く握り締める。

 一方、ソファーから立ち上がった青年は――引き締まった顔に、ちょこんと左の目元にある泣き黒子が特徴的な彼は、私の震えている拳へと視線を向けていたけど、ふっと面を上げた。

 真っ直ぐに私の瞳を見つめながら……、いや、睨みつけるように、ゆっくりと口角を上げていく。

「……久し振りだな、姉さん――」

 それは夏の始まりとともに、本当に突然なんの前触れもなく。

 嵐に似たなにかが、夕暮れ時の天正家に訪れた。
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