天正さんちの家族ごっこ〜私に異母兄弟が七人もいる件について〜
 私は箸を置くと這うようにして部屋の奥へと進み、引き違い窓を開け放つと、そのまま勢いを殺すことなくベランダへと飛び出した。

 すると窓の下には予想通り、なぜか拡声器を手にした梅吉兄さんと、それから道松兄さんに藤助兄さん、桜文兄さん、菖蒲兄さんに芒、そして菊と天正家の全員がそろっていた。

「なんで、どうして兄さん達がここに……」

「アタシが教えたからに決まってるじゃん」

 美竹はいつの間にか私の隣に並び、悪びれた様子もなく、ひょうひょうと告げる。

 敵は本能寺に在りとは、まさにこのことだと。そんな考えが頭を過ぎる中、私は裏切り者の友人を軽く睨みつけた。

 梅吉兄さんは拡声器を口元に当て、
「えー、天正牡丹。君は完全に包囲されている。むだな抵抗はせず、速やかに投降しなさい」

「ちょっと、梅吉ってば。拡声器は使うなって言っただろう。近所迷惑だってば!」

「そんなこと言われても、声を張り上げるの疲れるんだよ。それに、こっちの方が大きな声を出せるしな。
 えー、そう言う訳だから、かわいい妹よ。家出ごっこは十分に満喫したろう。早く家に帰るぞ。話なら家でゆっくり茶でも飲みながら聞いてやるからさ」

「そうだよ、牡丹。だから帰ろう!」

 やんや、やんやと下から叫ばれ。その騒ぎに両隣の部屋だけじゃなくマンション中の窓が次々と開いていき、中からひょいと人が出て来る。路上を歩いていた人達も何事かと足を止め、騒動の元凶である私達のことを遠目に眺めていた。

 その様子を私は頬に熱を集めながらも、じっと見下ろし、
「帰るって、でも……。だって私は……、私はっ……!」

 私は、お父さんと同じことをしたんだ。そんな私に、あの家にいられる資格なんて……。
 そんな資格、ある訳ない――!

 そう叫ぼうとしたけど、
「あのよう。何を考えてるか知らねえが、お前は誰がなんと言おうと、天正家長女・天正牡丹だ。
 それから前にも言ったろう。生憎、俺達は一人じゃない。お前が一人で背負っているもん、俺達も一緒に背負ってやるって」

「男に二言はないんだぜ」と白い歯をのぞかせながら、梅吉兄さんは変わらず機械混じりの声を上げる。

 その隣で桜文兄さんが大きく腕を振り回し、私に向かってなにやら投げてきた。飛んできた物を私はうまく両手でキャッチして、合わせた手を開いていくと……。

「これっ……!」

 私が置いてきた家の鍵だ。私は、ぎゅっと力強く握り締める。

 すると、また下の方から、「牡丹!」と私を呼ぶ声が聞こえてきた。
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