好きになったのが神様だった場合
「『造化三神』、最初に現れた神。全てを創造した三柱の神──天之御中主神……!」
天之御中主神自身が名乗った名前を思い出す、だから「あめの」と呼べといったのだ。
天之御中主神は、明香里の驚く顔を見て微笑む。
「まあそうは言っても、大した事はできぬがな──お前の前に姿を見せるすらできん」
「……あめの君……」
十年も待たされた事、そして十年ぶりに逢えた時の最初の姿は確かに子供だったのは見間違いではないと思う、そして、今も三日前と同じ浴衣姿である事──全てが不思議な存在であることの証明のような気がした。
「明香里、また来てくれ」
天之御中主神は懇願した。
「俺はお前が好きだ」
はっきりと言われて、明香里は心臓が飛び出しそうになるのを感じる。
(両思い……!)
しかし、それは──。
「俺は見ている、いつも見ていた、お前が俺を探していつも来てくれていた事、いつも手を合わせ願っていたことを知っている。頼む、これからも来てくれ、俺はお前に逢いたい」
天之御中主神の願いに、明香里は唇を噛む。
「ずるいよ……私は逢えないのに」
「感じてくれ、俺はお前の傍に居る」
「……本当に?」
「ああ、いつも傍にいた、お前に触れられるほど傍に。ここに来ればいつでも逢える。好いたお前の姿を見れなくなるのは辛い」
天之御中主神の正直な告白に、明香里は頬を染め、今度は恥ずかし気に微笑んだ。
「嬉しい──」
想いは止まらない。
「──私も、あなたが好き」
天之御中主神の目も見れずに言った。
十年間、たったひとりの男の子に逢いたいと思い続けてきた明香里は、人を好きになるという気持ちが今ひとつわからずにいた。でも今ならわかる、たとえ叶わなくても、どんな無理難題があっても、その人を思い続けたい気持ちだ。
ならば天之御中主神に想いを伝えずにはいられなかった。
「明香里──」
明香里の言葉に天之御中主神は破願した、他愛もない言葉にこんなに嬉しくなることは無いと思えた。
初めてちんちん焼きを食べた時も感動したが、それ以上に、狂おしいほどの喜びが全身を走る。
「明香里」
呼ぶと明香里は鳶色の綺麗な瞳で天之御中主神を見た、潤んでいるのが美しさを増して見える。欲望のままに肩に腕を回し、引き寄せていた。
(え、これって……!)
間近にせまる天之御中主神の顔に、明香里はどぎまぎする。恋愛に疎い明香里にだってわかる、キスをするのだと。
(え、待って、どうしよう、好きって言っていきなりってあり? ダメだよね! ああ、でも天地開闢からいる神様なら何千歳……ううん、何万歳よって事だから慣れてるのかな? え、でも待って、私は初めてで……!)
戸惑いつつも、期待もあった。そして目を閉じようとしたその時。
「天之御中主神さまぁぁぁぁぁ!!!」
甲高い声と共に、ふわふわした物がふたりの間に割って入った。白狐は天之御中主神の顔にしがみつく。
「──おい、狐」
天之御中主神が低い声で呼ぶ。
「え、あれ、君……」
明香里にも見覚えのある狐だ。
「天之御中主神さま!? この雨はあなた様でしょう!? さっさとやませてください!!!」
狐は天之御中主神の顔からずりずりと下がると今度は前脚で肩を掻き、着物の合わせを口でガジガジと噛みつき怒鳴る。
「え、君、喋れるの?」
「こほん」
白狐は天之御中主神の太腿にちょこんと座り、偉そうに咳払いした。
「そんじょそこらの狐と一緒にしないで頂きたい。わたくしめはこちらの天之御中主神さまにお使いして五十年余りになります、十分な霊力を蓄えております故」
「ろくに役には立たぬがな」
「なんですと!? それはあなた様がろくな神様で無いからでしょう! 今も今とて、また、いたずらに雨など降らせて!」
その言葉がひっかかった。
「いたずらに……雨」
忘れていない、昨年の例大祭の夜、予報ではその前後の数日も急な雨の予報などなかったのに、あの時だけ本当に突然に数分もかからぬ雨が降ったのだ。男とびっくりしたね、濡れちゃったねと笑いあったのだ。集中的な豪雨は予測が難しいとは言うが、そう正しく、今のような──。
「あ、あれも、天之くんが……!?」
「あれとは?」
「昨年の祭りの晩でございましょう。ええ、ええ、覚えております、明香里どのがそれはそれは見目麗しい『ないすがい』と肩を組んで歩いておられましたなあ。それに天之御中主神さまが『じぇらしー』を感じて雨を」
「やっぱり!」
明香里の叫びに、天之御中主神が途端に思い出した。
「そうだ……! あの男は何だったんだ!?」
「なにっていうほどのことじゃ」
明香里は唇を尖らせそっぽを向く。
「これまで男連れで現れたことなどなかっただろう!」
いわれて明香里は笑顔になってしまう、本当に見てくれていたのだとわかる。その笑顔に天之御中主神は戦慄する。
「やはり、お前、あの男と、ねんごろに……!」
「ねんごろって」
ただいえば仲が良いという意味だろうが、この場合は深い意味合いで使われているとわかり、明香里は頬を染める。
天之御中主神はぎり、っと歯を食いしばった。
「許さん」
雨足が強くなった。
「違うよ! 一緒にお祭りに行こうって誘われただけで!」
高校の同級生だ。電車で数駅離れたところに住む彼は、ここの例大祭を知らなかった。しかし明香里が毎年来ていることを聞いたのだろう、よかったら一緒に行かないかと誘われたのだ。思惑があることがわからないほど鈍感ではないが、いいよといってしまったのをずいぶん後悔したのだ。
「酷いよ! 来ていきなりなんて、びしょびしょで浴衣重くて大変だったんだから!」
「知らぬわ! お前がどこの馬の骨ともわからぬ男と歩いているからだ!」
「だからって邪魔しようとしたの!? 最っ低!」
「明香里の方が最低だ! して、あの男とは何をしたのだ!」
「なにをしたって……いやらしい! そんな風に見てたの!?」
「言えぬ事をしていたのか!」
「人に言えないようなことなんかしてないよ! あの後ふたりきりになったこともないもん!」
終始明香里がつまらなそうだったと落ち込んでいたと、後日人伝に聞いた。
彼は明香里に片思いをしていた、清水の舞台から飛び降りお祭りデートに誘い、その前後で告白するつもり気満々だったのだが、明香里の様子に撃沈したと言う。
そんな事を思い出して、明香里はふいっと目を反らした。
天之御中主神自身が名乗った名前を思い出す、だから「あめの」と呼べといったのだ。
天之御中主神は、明香里の驚く顔を見て微笑む。
「まあそうは言っても、大した事はできぬがな──お前の前に姿を見せるすらできん」
「……あめの君……」
十年も待たされた事、そして十年ぶりに逢えた時の最初の姿は確かに子供だったのは見間違いではないと思う、そして、今も三日前と同じ浴衣姿である事──全てが不思議な存在であることの証明のような気がした。
「明香里、また来てくれ」
天之御中主神は懇願した。
「俺はお前が好きだ」
はっきりと言われて、明香里は心臓が飛び出しそうになるのを感じる。
(両思い……!)
しかし、それは──。
「俺は見ている、いつも見ていた、お前が俺を探していつも来てくれていた事、いつも手を合わせ願っていたことを知っている。頼む、これからも来てくれ、俺はお前に逢いたい」
天之御中主神の願いに、明香里は唇を噛む。
「ずるいよ……私は逢えないのに」
「感じてくれ、俺はお前の傍に居る」
「……本当に?」
「ああ、いつも傍にいた、お前に触れられるほど傍に。ここに来ればいつでも逢える。好いたお前の姿を見れなくなるのは辛い」
天之御中主神の正直な告白に、明香里は頬を染め、今度は恥ずかし気に微笑んだ。
「嬉しい──」
想いは止まらない。
「──私も、あなたが好き」
天之御中主神の目も見れずに言った。
十年間、たったひとりの男の子に逢いたいと思い続けてきた明香里は、人を好きになるという気持ちが今ひとつわからずにいた。でも今ならわかる、たとえ叶わなくても、どんな無理難題があっても、その人を思い続けたい気持ちだ。
ならば天之御中主神に想いを伝えずにはいられなかった。
「明香里──」
明香里の言葉に天之御中主神は破願した、他愛もない言葉にこんなに嬉しくなることは無いと思えた。
初めてちんちん焼きを食べた時も感動したが、それ以上に、狂おしいほどの喜びが全身を走る。
「明香里」
呼ぶと明香里は鳶色の綺麗な瞳で天之御中主神を見た、潤んでいるのが美しさを増して見える。欲望のままに肩に腕を回し、引き寄せていた。
(え、これって……!)
間近にせまる天之御中主神の顔に、明香里はどぎまぎする。恋愛に疎い明香里にだってわかる、キスをするのだと。
(え、待って、どうしよう、好きって言っていきなりってあり? ダメだよね! ああ、でも天地開闢からいる神様なら何千歳……ううん、何万歳よって事だから慣れてるのかな? え、でも待って、私は初めてで……!)
戸惑いつつも、期待もあった。そして目を閉じようとしたその時。
「天之御中主神さまぁぁぁぁぁ!!!」
甲高い声と共に、ふわふわした物がふたりの間に割って入った。白狐は天之御中主神の顔にしがみつく。
「──おい、狐」
天之御中主神が低い声で呼ぶ。
「え、あれ、君……」
明香里にも見覚えのある狐だ。
「天之御中主神さま!? この雨はあなた様でしょう!? さっさとやませてください!!!」
狐は天之御中主神の顔からずりずりと下がると今度は前脚で肩を掻き、着物の合わせを口でガジガジと噛みつき怒鳴る。
「え、君、喋れるの?」
「こほん」
白狐は天之御中主神の太腿にちょこんと座り、偉そうに咳払いした。
「そんじょそこらの狐と一緒にしないで頂きたい。わたくしめはこちらの天之御中主神さまにお使いして五十年余りになります、十分な霊力を蓄えております故」
「ろくに役には立たぬがな」
「なんですと!? それはあなた様がろくな神様で無いからでしょう! 今も今とて、また、いたずらに雨など降らせて!」
その言葉がひっかかった。
「いたずらに……雨」
忘れていない、昨年の例大祭の夜、予報ではその前後の数日も急な雨の予報などなかったのに、あの時だけ本当に突然に数分もかからぬ雨が降ったのだ。男とびっくりしたね、濡れちゃったねと笑いあったのだ。集中的な豪雨は予測が難しいとは言うが、そう正しく、今のような──。
「あ、あれも、天之くんが……!?」
「あれとは?」
「昨年の祭りの晩でございましょう。ええ、ええ、覚えております、明香里どのがそれはそれは見目麗しい『ないすがい』と肩を組んで歩いておられましたなあ。それに天之御中主神さまが『じぇらしー』を感じて雨を」
「やっぱり!」
明香里の叫びに、天之御中主神が途端に思い出した。
「そうだ……! あの男は何だったんだ!?」
「なにっていうほどのことじゃ」
明香里は唇を尖らせそっぽを向く。
「これまで男連れで現れたことなどなかっただろう!」
いわれて明香里は笑顔になってしまう、本当に見てくれていたのだとわかる。その笑顔に天之御中主神は戦慄する。
「やはり、お前、あの男と、ねんごろに……!」
「ねんごろって」
ただいえば仲が良いという意味だろうが、この場合は深い意味合いで使われているとわかり、明香里は頬を染める。
天之御中主神はぎり、っと歯を食いしばった。
「許さん」
雨足が強くなった。
「違うよ! 一緒にお祭りに行こうって誘われただけで!」
高校の同級生だ。電車で数駅離れたところに住む彼は、ここの例大祭を知らなかった。しかし明香里が毎年来ていることを聞いたのだろう、よかったら一緒に行かないかと誘われたのだ。思惑があることがわからないほど鈍感ではないが、いいよといってしまったのをずいぶん後悔したのだ。
「酷いよ! 来ていきなりなんて、びしょびしょで浴衣重くて大変だったんだから!」
「知らぬわ! お前がどこの馬の骨ともわからぬ男と歩いているからだ!」
「だからって邪魔しようとしたの!? 最っ低!」
「明香里の方が最低だ! して、あの男とは何をしたのだ!」
「なにをしたって……いやらしい! そんな風に見てたの!?」
「言えぬ事をしていたのか!」
「人に言えないようなことなんかしてないよ! あの後ふたりきりになったこともないもん!」
終始明香里がつまらなそうだったと落ち込んでいたと、後日人伝に聞いた。
彼は明香里に片思いをしていた、清水の舞台から飛び降りお祭りデートに誘い、その前後で告白するつもり気満々だったのだが、明香里の様子に撃沈したと言う。
そんな事を思い出して、明香里はふいっと目を反らした。