好きになったのが神様だった場合
季節的には一番寒い頃で、既に日も落ちて西の空は赤みも失っている。

「そうか、これで少しは温められればいいが」

いって天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)は明香里の肩に腕を回した。

「え……あ……っ」

体が密着し、さすがに明香里は状況を認識して恥ずかしさが込み上げる。

「どうだ?」
「ん……す、少しはあったかい……かも」

それは恐らく気のせいだ。天之御中主神自体は体もひやりとしていてお世辞にも温かくはない。しかし想い人に抱き締められた事実に、体が勝手に反応し鼓動が早まり体温が上がったのが判る。

(い、いいんだよね……おかしくない、よね)

しかし触れ合うのが、なんとも気恥ずかしい。

(両思いなのは間違いないし……それに、狐さんの時だって……あ、れ……私、狐さんの時って、もっと、やたら、滅茶苦茶に、撫でまわしてて……)

そんな事を思い出して、また恥ずかしさが込み上げる。もしそれを今の天之御中主神にやれと言われたら、とてもじゃないが無理だ。

(でも……今度はいつ逢えるか判らないし……)

凛々しい横顔を見上げた、明香里の視線に気付いて目を合わせる天之御中主神は、すぐににこりと微笑む。そんな優しい行為に、明香里は勇気をもらう。

(……もっと、触れたい──)

明香里は天之御中主神の大腿にそっと手を乗せた。ひやりとする硬さはあるが、その硬さは男性特有の筋肉質な物だと判る。
明香里に撫でられ、天之御中主神も嬉しくなる。そんな行動は親愛の証だと判っていた。明香里の手に自身の手を添えた、その指に明香里は自身の指を絡める。

(嬉しい……)

やはりこうして逢うのが、恋人として当たり前なのだと実感する。今のふたりは間違いなく恋人なのだと宣言したい。
もっと確かめ合いたいと天之御中主神に身を寄せた、それを天之御中主神は強く抱き締め返す。その力強さに明香里が喜びを感じていると。
明香里の手に添えられていた左手が、するすると腕を撫でながら上がってきた。肩を抱いていた右腕は背中から腰までを優しくさする。
その感覚が。くすぐったいやら、心地よいやら、恥ずかしいやらで。

「あ、天之(あめの)くん……っ」

思わず声を上げる。

「ん?」

天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)は明香里の髪に唇を押し付けたまま返事をする。

「あ、あの……なんか、恥ずかしい……よ……」

今や右手は明香里の頭頂から腰までを天之御中主神の手の平が撫でまわし、左手は腹を撫でている。

「明香里がそうしろと言ったではないか」
「ええ?」
「慰められるなら人の手で撫でられたいと」
「あ、うん……そう、だけど」

いったがそうではない、普通に『なでなで』して欲しいだけだ、『撫で回せ』とは言っていない。

「明香里もいつも俺をこうやって撫でてくれただろう。嫌だと言っても頭のてっぺんから尻尾の先まで」
「だからっ、それは狐さんだったからじゃんっ!」

もしそれを天之御中主神本人にやっていると想像したら──途端に頬に朱が昇る。

「人に……っ、しかも女にやるのは、よくない!」
「駄目なのか」
「駄目……っ、じゃないけど……!」
「おかしなやつだ」

微笑む天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)から、明香里は視線を外した。嫌だけれど、嫌じゃない、そんな気持ちを正直に言えるほど、明香里は経験が豊富ではなかった。
ただされるがままでいた。天之御中主神の手は背中や腕も撫でる、頬や首まで撫でられ、明香里の顔は火照りだす。

溜息が漏れたのは安心感だろうか。天之御中主神の手は冷たいが、それでも好きな人に触れられている感覚がたまらなく心地よかった。
指先がおとがいからうなじに掛けて滑ると、息が止まった。やめて、と言いたいのに言葉にはならなかった。撫でられていると頭がぼんやりとしてくる、目がろとんとしてしまうのが止められなかった。
ひくんと体が震え、溜息と共に僅かに声が漏れてしまう。

「──明香里」

遠く天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)の声がした。

「……ん……?」

声がやたら出にくかった、重たく感じる視線を上げ天之御中主神の姿を探す。
手も顔立ちも涼やかなのに、合ったその瞳だけは熱く光っていた。

「……天之……」

言葉は天之御中主神の唇で止められた、それは一瞬で離れる。それをキスと認識するまでに、とろけた頭では少々時間を要した。

「──え、キ……っ」

声は天之御中主神の口内に消えた、そのキスは啄むようにすぐに離れたが、再度重なったのは早かった。何度もついては離れるを繰り返し、明香里が溜まらず大きく息を吐いて俯こうとすると、その顎に指が掛かって上を向かされ、唇は完全に塞がれた。

「──ん……っ」

粘着質な音の中、微かに明香里の声が混じる。
長い長いキスだった、背中と腰をしっかりと抱き締められ、明香里は逃げる事ができない。

(ここ……人、通るんじゃ……)

気になったが離れられなかった、喜びと快感が勝っていた。
舌が絡まり、思い切り吸われた、魂まで吸い取られてしまうのではと思えた。熱い行為なのに、やはり天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)の舌は体同様ひんやりとしていた。それすら心地よく思えてくるのが不思議だった。
十分に互いの口内を味わってから、唇は勿体ぶって離れる。天之御中主神は明香里の額に自身の額を押し付け、明香里の瞳を覗き込んだ。
先程は逢えないと嘆き悲しんで潤んだ瞳が、今も潤んでいるのに別の事を示しているのがわかる。
欲情だ。その言葉も意味も知らなくても天之御中主神にだって判った。

「──明香里」

愛しくなって頬を手の平で撫でる。

「お前を、俺の世界に連れていけたらよいのに」

思わず本音が漏れた、明香里は微笑み返す。

「ほんとだね……天之くんが、こちらに来てくれたらいいのに……」

囁く様に言うのが痛々しくて。
それが叶わぬと、ふたりも判っている。あとは言葉もなく、ただ抱き締め合った。この一瞬が永遠になればいいと思いながら──。





天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)には時間はいくらでもあるが、明香里にはない、あまり遅くなれば親に心配されてしまう。明香里は後ろ髪を引かれつつも、天之御中主神に別れを告げなくてはならない。

「またね」

今度はいつ会える?といいたくなるのをぐっと我慢した、やはり今回もなぜ顕現できたのか、天之御中主神自身もわからないようだ。

「ああ」

いって別れの挨拶だといわんばかりに天之御中主神は身をかがめて、明香里の唇からキスを奪いとる。

「んもう……」

軽率と思える行為だが、それでも今度はいつあるかもわからないと思えば、明香里さえさらに欲しくなってしまう。
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