好きになったのが神様だった場合
#11【神様に贈り物を】
それから、翌日になっても、三日経っても、五日経っても、天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)は人の姿を保っていた。

(今日も逢えるかな)

明香里は学校帰りに、横浜駅に寄り道して買い物をしていた。
ファストファッション店の男性衣類のコーナーである。

(あ、これ、いいかな)

少し細身で、スタンドカラーのコートだった。薄手ながら中綿が入っている柔らかなものだ。

(サイズは……よくわかんないな、でも背は高いし……Lで大丈夫かな)

色も無難な黒を選び、レジに行く。

「あの、プレゼントにしたいんですけど」

言うと、店員は微笑んで請け負ってくれた。ビニール製のカラフルな袋に青いリボンを掛けてもらった。
それを持って真っ直ぐ天之御中主神との待ち合わせ場所へ行く、今日も天之御中主神はかつて鳥居があったその場所で、人の姿で待っていた。明香里を見つけて笑顔で手を振ってくれる。

「遅かったな」
「ごめん、待った?」
「まあ、少しは」

言ってキスをする、それがお詫びの代わりだとでも言いたげに少し長めのキスだった。
夕方の住宅街である、さすがに恥ずかしくなって、音を立てて唇が離れると明香里は頬を染めて俯いた。その視線の先にあったのは、胸に抱えたプレゼントだった。

「あ、これ。天之(あめの)くんにあげる」
「なんだ?」
「開けてみて」

天之御中主神は言われるがままにリボンを解いた、中に手を入れ出した物を見て「ほう」と呟く。

「なんだ? これは?」
「コートだよ、天之(あめの)くん、見てるだけで寒そうなんだもん」

天之御中主神の服装は、真夏と変わらない白い浴衣姿のままだ。足も素足に下駄と来る。

「俺は寒さを感じないが」
「私が見てるだけで寒そうなの! せめてこれくらい着てほしい」
「これを脱いでか?」

浴衣の襟を引っ張る。

「それじゃ変態だからやめて。その上から」
「そうか」

リボンと袋を明香里が受け取り、天之御中主神は黒いコートを羽織った。袖を整え、襟を整えるそんな姿に、明香里はきゅん、としてしまう。

(わ……無駄にかっこい……)

和服は和服でもちろんかっこいいが顔立ちが古風な訳ではない、現代の服もしっくりと決まり、更に言えばまるでファッション誌から抜け出したような錯覚に陥る。

「よ、よかった、サイズ、ぴったりだね」

明香里は動揺を隠して言う。

「ふむ、よく判らんが。腕は動かしづらい」
「それは着物の袖があるからかも。うふふ、少しずつ揃えられるといいな」

次はシャツでも買おうか、しかしシャツだったらスラックスもだな、それより足元の方が先かな、などと思っていると、天之御中主神が前のファスナーを上げない事に気付いた。

「寒くないかも知れないけど、前は止めようよ」
「おお?」
「あ、やり方わからないか。こっちをね、ここに嵌めて、この部分を上げるのよ。脱ぐときは下げれば開くから」

説明しながらファスナーの引手をあげた、首元を過ぎて、襟の一番高いところまであるタイプだった。明香里は何も考えずのその一番上まで上げた。
引手が顎に当たると天之御中主神は少し苦しげな顔をする、それから明香里を見下ろした、途端ににこりと微笑まれて、明香里の心臓が跳ね上がる。

(……っ、やばいよ、本当に……!)
「明香里?」
(かっこよすぎでしょ……! 神レベルだ、って神様だった)
「明香里」
(もっとダサいアウターにすればよかった、こんな姿、他の人が見たら、きっとみんなも天乃くんを……)
「明香里」

声と共に手を捕まれて、明香里は不覚にも悲鳴が上がった。

「苦しい、手を離せ」

離せと言われたのは明香里の方だった。

「はい? ああ……」

未だコートの中程と引手を握ったままだったのだ。

「ごめ……」

明香里が手を離すと、天之御中主神は少し不器用そうにファスナーを少し下ろした。

「さてと」

俯く明香里を、天之御中主神は抱き締める。

「少し歩くか」

いつものデートだ、明香里は頷いて天之御中主神が導くままに歩き出す。





「なんです? そのコートは」

翌日になってもコートを着たまま、嬉しそうに拝殿の床でゴロゴロしている天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)を見て、健斗が眉間に皴を寄せる。

「いいだろう? 明香里がくれたのだ」

袖口で口元を覆いながら、天之御中主神は笑顔で応える。

「ほほう、明香里さんが。単にあなた様の見た目が寒そうだからですね」

まさしくビンゴなのだが、天之御中主神にはよくわからない。

「ああ──狐さんがお留守番をしている間、あなたは明香里さんに逢っていたんですね」
「その通りだ」

狐が天之御中主神の居場所を本殿だというのをまるっきり信じたわけでもなかったが、どこにいるかはさっぱりわからなかったのは事実だ。出かける際にその姿を見ることはできていなかった。

「普段からそんなに俺に用があるわけではないのに、なぜそういつも俺を探す」

狐から文句をいつも聞かされていた、今日はこんな言い訳をした、何回したなどの報告だ。

「単にいやがらせです」
「おおうん?」

健斗の言葉に、天之御中主神はとびきり不機嫌に声を上げる。だが健斗はふんと鼻を鳴らしただけで、情緒もなく質問する。

「今日も逢う約束を?」
「今日は逢わん」

それは嘘だ、不躾な質問に正直に答えるほど馬鹿ではない。

「それは残念」

健斗はにこりと微笑む、天之御中主神の嘘などお見通しなどとは言わずに。





それから数日経った放課後、明香里は学校を出ると横浜駅に買い物に行く。
向かったのは靴屋だ、男性物のカジュアルシューズの前に立ち、はたと思い当たる。

(待って。靴って、それこそぴったりしたものじゃないと、無理だよね)

アウターならば多少大きくても誤魔化しが効くが、靴は大きくても小さくても都合が悪い。

(定規で測ってから来ようかな。でも単純に数字じゃない時もあるしな。下駄借りてこようかな、え、下駄は神域出られるの? 無理だろうか。やっぱり本人と一緒に……って、その本人が出られないから、私ひとりで買いに来てるんじゃん)

内心ひとりでツッコミを入れていると、

「贈り物ですか?」

女性店員が声を掛けてくれた。

「え! あ! はい!」
「サイズがおわかりにならないなら、未使用でしたら後日交換も受け付けますよ?」

笑顔で言われて、明香里は小さくガッツポーズをしていた。

(その手があった! とりあえず予想で買って、履いてもらったらおおよそのサイズが判るかも!)
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