好きになったのが神様だった場合
そしてデザインからどれにしようか悩み始めると、店の外から声がかかった。

「あっれー!? 明香里じゃん! えー、なになにー!?」

幼稚園からの親友と言うべき存在、菊池奈央である。別の高校に通うが、今でも時折逢って遊ぶ仲間だ。メンズシューズコーナーにいるのを目ざとく見つけて、声を上げながら明香里と並んだ。

「男物の靴、見てんの? ほほう、お父さんへの贈り物かなー?」
「あ、うん、そうそ」
「な訳ないよね!!! なんだよ、恋人できたんなら教えなよ!!!」

そう言って思い切り体当たりした。

「わ……! え、違うよ!」
「違う訳ないじゃん! 靴、贈るって、相当よ!?」
「えっ、そうなのっ?」

単に靴を持っていないのだとは、言えなかった。

「なによー、どんな人ー!? 紹介してよ!」
「うーん、それは、どうかなあ……」
「なによ、紹介できないような人? 年上? ホストとか? え、まさか学校の先生とか……!」
「んもう、なに、そのよくある小説みたいな設定は」
「だって紹介できないんでしょ!?」
「うん、それは……少し変わった人だから……」
「やだ、マルボウの人?」

頬に傷がある、人の事だ。

「んもう、どうしてそう、小説みたいな方向に」
「えー、会わせられないなんて相当じゃん。そうじゃないなら会わせてよー」
「もう、本当に逢ってもらうような人じゃないの。でも大切な人で、もうすぐ逢えなくなるから、記念に贈り物を──」
「逢えなく? 転勤とか? ああ、明香里が東北行っちゃうからか」

学校は違えど親友だ、何かあれば連絡を取り合っている。ちなみに奈央は専門学校への進学を決めている。

「──うん」

明香里は淋し気に頷く、一緒に行くことなど叶わぬことだが、それ以上に自分がいなくなったら天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)はどうするのだろうと思う時がある。もっともそれを口に出すことはできず、はっきりと思考する事すら止めてしまう、現実を確かめるのが怖いからだ。

「遠距離恋愛だねえ、なんなら私が代理として逢ってて上げようか?」

鼻の穴を広げて言う奈央に、明香里は呆れる。

「んもう、代理なんてありえないでしょ」
「駄目かー。まあさ、今はインターネットもあるしさ。ビデオ通話とかチャットで愛を育めるよね」
「……インターネット、か……」

そのような媒体は、持っていないだろう。

「……そうだね、なんとかなるかも。あ、とりあえず、今日はいったん帰って、サイズを確認してきます」

店員に告げ、店を後にした。
奈央と店を出ると、行く方向が一緒だった、共に右手方向に歩き出す。

「え、奈央、本当に来るつもり?」
「失敬な、バイトよ」
「あ、そっか」

その先にあるファーストフード店でアルバイトをしていた。

「八時までいるよ、彼氏とおいでよ」
「あはは、できればそうしたいけど、それは無理なんだよなあ」

狭いエリアから、出る事すら叶わない。

「えーいじわるすぎでしょ。マジ逢わせろ」
「いじわるのつもりはないんだけど……そうだな、うん、わかったよ、そのうちね」

天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)を自慢したい気持ちにも駆られてきた、神社まで来てもらえば逢えるのだ。

「そのうちって、明香里はいつ東北に行くのよ? 逢わせないまま逃げるつもりか?」
「そんなこと、しない」

あとひと月、卒業式を終えたらまもなく引っ越しをする、天之御中主神との逢瀬の期限が迫っていることを再認識してしまう。

「あ、彼と来るのは無理だから、ポテトくらい買って行こうかな。食べたことないからきっと喜ぶと思う」

きっと、ちんちん焼きを食べたあの時のように。

「え、ジャンクフードを食べた事がないの? どこぞの御曹司なの?」
「御曹司でもないなあ」
「えー、もーやだー、ちょー気になるじゃん! これから逢うの!? バイト休んで後をつけようかな!」
「えー、待って、待って。今日はだめ、準備ができたらね!」

せめて真冬に裸足で下駄を履いている姿は、なんとかしたい。

「絶対だよー、明香里が東北行く前にねー!」
「──うん」

明香里は淋し気に答えたが、奈央は元気に手をぶんぶんと振り明香里を見送る。





翌日になって明香里は靴と靴下を持って天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)との待ち合わせ場所にやってきた。

「今度はなんだ?」

前日足のサイズを測らせてくれとは言われたが、天之御中主神は何故なのかもわかっていない。

「靴と靴下。せめて見えるところからなんとかしたい」
「そんなにおかしいか」
「真夏ならいいけど、やっぱり冬はね」

今回もきちんとラッピングをしてもらった。川沿いの遊歩道のベンチに座って、天之御中主神はまずは小さな袋から開ける。
紺と黒の靴下が出て来た。

「これは?」
「靴下。えーと、足袋くらいは判る?」
「ああ、足に履けばいいのだな?」

きちんと踵の位置を確認し、半ばまで裏返してから黒い靴下を履いた。

「で、こちらが?」

言いながら包装紙を取り、箱を開け靴を取り出した。
こげ茶のサイドゴアブーツを、天之御中主神の視線の高さまで持ち上げてしげしげと眺める。

「これが靴かあ」

参拝者が履いているのを見てきたが、実物を手にするのは初めてだ。
早速地面に置いて、履き口から爪先を入れてみた、それが底に着いたきり、動かせない。

「──どう履くのだ?」
「ああ、下駄とは全然違うもんね」

よかれと思って足首まで覆うタイプを買ったが、確かに慣れないかもしれない。明香里は天之御中主神の前にしゃがみ込んで、靴と天之御中主神の足を取った。

「ちょっと押し込むようにしないと。爪先を靴のカーブに沿うように動かして」
「うむ」

天之御中主神の足を固定したまま、明香里は靴底を手の平で押し上げた。その靴の中で天之御中主神の言われたように爪先を動かす、足はするりと奥に吸い込まれた。

「おおっ!」

歓喜の声に、明香里はしゃがんだまま天之御中主神を見上げた。
キラキラと輝く天之御中主神の瞳とかち合って、明香里は慌てて視線を落とす。

(わ。なんか「マイ・ロード」って言いたくなっちゃった)

何かのアニメの影響だろうか。

「もう片っぽは自分で履くんだよ?」

慌てて立ち上がり、誤魔化すように言う。

「うむ!」

靴底には手を掛けられないので、しっかりと地面に押し付けたまま、ブーツの履き口にあるベロを掴んで先程の要領で履いてみた。

「履けたぞ!」
「うん、じょうず」

他愛もない事で喜ぶ天之御中主神が可愛いと思えた、いや明香里にとっては当たり前の事でも、天之御中主神には様々な事が新鮮な事なのだとわかる。

「きつかったり、緩かったりはしない?」
< 30 / 44 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop