好きになったのが神様だった場合
明香里のつつましやかな願いに天之御中主神の心がときめく。艶やかかな髪にキスをし、さらに空いた手を明香里の顎にかけ優しく持ち上げた。明香里は素直に従い、天之御中主神を見上げる、天之御中主神の熱い視線に見入られて、揺れる瞳を閉じた。
天之御中主神は頭を傾けその唇にキスをする、一度はすぐに離れたが再度触れると今度は深く求め合う。
随分と長くそうしていた、僅かに唇が離れた時、明香里は小さな声で言う。
「──肉まん……冷めちゃうよ?」
天之御中主神は明香里の唇を舐めてから応える。
「──なにやらうまそうな匂いがする、このまま明香里を食べてしまいたい」
それが今しがた食べた肉まんの匂いだと判って、明香里は慌てて天之御中主神から離れた。
「も……っ! デリカシーない!」
頬を赤らめて怒る明香里に、天之御中主神はきょとんとする。
「でりかしー?」
聞いたが明香里は応えず、真っ赤になったままそっぽを向いて口を押えている。
その意味が判らない天之御中主神は、手に持ったままの肉まんを頬張った。その瞬間判った。
「──ああ、これの匂いか!」
聞いて明香里はますます赤くなる。耳の先まで赤くなったのが、天之御中主神からも判った。
「なあ、同じ匂いになった」
意地悪い笑みで言う。
「もうっ、だから何!?」
「恥ずかしがることもあるまい」
「そんな問題じゃ……っ」
なおも抗議しようとしたのに、その頬に指が掛かって無理矢理天之御中主神の方を向かされた。
「天之……っ」
呼びかけたその口を唇で塞がれる。馬鹿、と思う間に何かが押し込まれた、確かめるまでもない、肉まんだ。
(嘘……っ!)
戸惑う間に唇は離れた、目の前に笑顔の天之御中主神の顔がある。
「うまいか?」
明香里は口を押えたまま何度か咀嚼してから嚥下し、そのまま呟いた。
「──いやらしい」
「嫌だったか。俺ひとりで食べてはいけないと思ったのだが」
「──私はもう食べたし」
「遠慮するな、ほら、食べろ」
無邪気な笑顔で肉まんを差し出され、明香里も笑顔になるしかなかった。
「──もう、その天真爛漫さが、あざといんだから」
あざといとは言ったが、それが計算された行為でない事は百も承知だ。
天之御中主神によりかかって、その手にある肉まんにかじりついた。天之御中主神も続いてそれを口に放り込む。ふたりで笑いながら小さな肉まんを食べ続けた。
短い逢瀬の時間は瞬く間に過ぎていく、永遠ではないその時間が。
*
水天宮に戻る天之御中主神と共に、明香里もやってきた。社務所に声を掛けると健斗が姿を現す。
「あの、私も雇ってください」
開口一番言うと、健斗は目を細めて笑った。
「もちろんどうぞ、実はこちらからもお声を掛けようかと思っていたのです」
「え、なんでですか?」
「うちのご祭神に大層な贈り物をしてくださってるので、所持金は大丈夫かと思いまして」
そんな言葉に天之御中主神が心配そうに明香里を見た、その視線をわずかに感じて明香里はとびきりの笑顔で応える。
「それは全然、無理して買ったわけではありません」
「ではなぜ、バイトをしようなどと」
「私の分のお金も、天之くんに払ってあげてください」
「それは──」
健斗は内心焦る。さっきの200円はちょっとしたシャレのつもりだったが、明香里が真に受けていると判った。
「大丈夫ですよ、あれは払えと言われたから手持ちで払っただけです、うちで決めている時給はちゃんと支払いますから。既に買いたいものも決まっているので、その金額に達したらその場で買って差し上げて仕事は解放です」
ネットで相談して決めた。もっとも健斗と天之御中主神が相談した訳ではない、パソコンを操作する健斗の傍らで、天之御中主神があれかこれかと独り言を言いながら決めたのだ。その独り言は、もちろん、健斗には見えない安徳天皇との相談だ。
安徳天皇はやはりまだ子供だ、スロープを車が滑り落ちていく木製の玩具を欲しがった。
「二、三日もすれば買えるでしょう」
「本当か!」
天之御中主神が喜ぶ。
「そうですか、よかった」
まともな支払いがあるならばと明香里も安心する。
「あ、でも明香里さんが働いてくれるのは大歓迎なので、来てください」
「え、でもだったら私は働く理由が……」
「安徳に買ったら、明香里にも買う!」
「え、それは要らないって言ったじゃん」
「俺も嬉しかった!」
天之御中主神は大きな声で言う。
「明香里からのプレゼントは、いつも明香里がそばに居てくるような気がして、いいものだ! 明香里にもそういう気持ちになってほしい! だから頑張る!」
「──だそうです、明香里さんもいてくださると、天之御中主神さまの士気もあがると思います」
「え、でも……」
「どうせ毎日天之御中主神さまとは逢っているのでしょう? だったらその時間を働く時間にしたらいいではないですか」
「──なるほど」
明香里は単純にも納得した。
お金は必要ではないことは無い、何故なら、天之御中主神に全ての衣類を揃えてやりたいと思っているからだ。理由は自分がこの地を離れる前に自分の思い出を残していきたいという不純なのもだが、十分一石二鳥になるではないか?
「うん、お世話になります」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「明香里! 同僚だな! よろしくな!」
人目も憚らず抱き合うふたりに、健斗はただ肩を竦めた。
天之御中主神は頭を傾けその唇にキスをする、一度はすぐに離れたが再度触れると今度は深く求め合う。
随分と長くそうしていた、僅かに唇が離れた時、明香里は小さな声で言う。
「──肉まん……冷めちゃうよ?」
天之御中主神は明香里の唇を舐めてから応える。
「──なにやらうまそうな匂いがする、このまま明香里を食べてしまいたい」
それが今しがた食べた肉まんの匂いだと判って、明香里は慌てて天之御中主神から離れた。
「も……っ! デリカシーない!」
頬を赤らめて怒る明香里に、天之御中主神はきょとんとする。
「でりかしー?」
聞いたが明香里は応えず、真っ赤になったままそっぽを向いて口を押えている。
その意味が判らない天之御中主神は、手に持ったままの肉まんを頬張った。その瞬間判った。
「──ああ、これの匂いか!」
聞いて明香里はますます赤くなる。耳の先まで赤くなったのが、天之御中主神からも判った。
「なあ、同じ匂いになった」
意地悪い笑みで言う。
「もうっ、だから何!?」
「恥ずかしがることもあるまい」
「そんな問題じゃ……っ」
なおも抗議しようとしたのに、その頬に指が掛かって無理矢理天之御中主神の方を向かされた。
「天之……っ」
呼びかけたその口を唇で塞がれる。馬鹿、と思う間に何かが押し込まれた、確かめるまでもない、肉まんだ。
(嘘……っ!)
戸惑う間に唇は離れた、目の前に笑顔の天之御中主神の顔がある。
「うまいか?」
明香里は口を押えたまま何度か咀嚼してから嚥下し、そのまま呟いた。
「──いやらしい」
「嫌だったか。俺ひとりで食べてはいけないと思ったのだが」
「──私はもう食べたし」
「遠慮するな、ほら、食べろ」
無邪気な笑顔で肉まんを差し出され、明香里も笑顔になるしかなかった。
「──もう、その天真爛漫さが、あざといんだから」
あざといとは言ったが、それが計算された行為でない事は百も承知だ。
天之御中主神によりかかって、その手にある肉まんにかじりついた。天之御中主神も続いてそれを口に放り込む。ふたりで笑いながら小さな肉まんを食べ続けた。
短い逢瀬の時間は瞬く間に過ぎていく、永遠ではないその時間が。
*
水天宮に戻る天之御中主神と共に、明香里もやってきた。社務所に声を掛けると健斗が姿を現す。
「あの、私も雇ってください」
開口一番言うと、健斗は目を細めて笑った。
「もちろんどうぞ、実はこちらからもお声を掛けようかと思っていたのです」
「え、なんでですか?」
「うちのご祭神に大層な贈り物をしてくださってるので、所持金は大丈夫かと思いまして」
そんな言葉に天之御中主神が心配そうに明香里を見た、その視線をわずかに感じて明香里はとびきりの笑顔で応える。
「それは全然、無理して買ったわけではありません」
「ではなぜ、バイトをしようなどと」
「私の分のお金も、天之くんに払ってあげてください」
「それは──」
健斗は内心焦る。さっきの200円はちょっとしたシャレのつもりだったが、明香里が真に受けていると判った。
「大丈夫ですよ、あれは払えと言われたから手持ちで払っただけです、うちで決めている時給はちゃんと支払いますから。既に買いたいものも決まっているので、その金額に達したらその場で買って差し上げて仕事は解放です」
ネットで相談して決めた。もっとも健斗と天之御中主神が相談した訳ではない、パソコンを操作する健斗の傍らで、天之御中主神があれかこれかと独り言を言いながら決めたのだ。その独り言は、もちろん、健斗には見えない安徳天皇との相談だ。
安徳天皇はやはりまだ子供だ、スロープを車が滑り落ちていく木製の玩具を欲しがった。
「二、三日もすれば買えるでしょう」
「本当か!」
天之御中主神が喜ぶ。
「そうですか、よかった」
まともな支払いがあるならばと明香里も安心する。
「あ、でも明香里さんが働いてくれるのは大歓迎なので、来てください」
「え、でもだったら私は働く理由が……」
「安徳に買ったら、明香里にも買う!」
「え、それは要らないって言ったじゃん」
「俺も嬉しかった!」
天之御中主神は大きな声で言う。
「明香里からのプレゼントは、いつも明香里がそばに居てくるような気がして、いいものだ! 明香里にもそういう気持ちになってほしい! だから頑張る!」
「──だそうです、明香里さんもいてくださると、天之御中主神さまの士気もあがると思います」
「え、でも……」
「どうせ毎日天之御中主神さまとは逢っているのでしょう? だったらその時間を働く時間にしたらいいではないですか」
「──なるほど」
明香里は単純にも納得した。
お金は必要ではないことは無い、何故なら、天之御中主神に全ての衣類を揃えてやりたいと思っているからだ。理由は自分がこの地を離れる前に自分の思い出を残していきたいという不純なのもだが、十分一石二鳥になるではないか?
「うん、お世話になります」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「明香里! 同僚だな! よろしくな!」
人目も憚らず抱き合うふたりに、健斗はただ肩を竦めた。