好きになったのが神様だった場合
#13【神様に恋をした結果】


翌日、明香里は学校帰りに水天宮へ行く。

それは以前に戻ったようだが、少し違うのは社務所のインターフォンを鳴らしたところだ。
返事は、ガラス張りの引き戸の向こう側に見える人影だった、それはふたつあった。
引き戸を開けたのは、長身の影の健斗。

「やあ、いらっしゃい」

笑顔で出迎えてくれる。

「お邪魔します、よろしくお願いします」

明香里はバイトは未経験だ、初めての事に緊張してしまう。

「まあまあ、あなたが明香里さんね。こちらこそよろしくね」

挨拶をしたのは、もうひとつの影、健斗の母・紹子だった。

「さあ上がって、身支度しましょ」
「僕も手伝いましょうか?」

健斗が笑顔で言うと、紹子が睨み付けた。

「全く、何を言ってるの」

そんな言葉だけで、明香里は別室に連れていかれた。言葉の意味を明香里はその時理解する、その部屋には巫女装束が衣装盆に置かれてあった。

「着付け、判るかしら?」

それは無理だ、明香里は天井を見上げた時、

「明香里!」

障子の向こうで天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)の声がした。

「明香里が来ていた! そこか!?」

そんな声に、健斗が応えているようだった。そして障子の向こうの影が濃くなったとき。

「開けてはいけません──ああ、いいですよ、開けても。きっと素敵なものが見られるでしょうから」

そんな健斗の声も聞こえ、紹子は溜息ひとつ、襖を開けた。

「あ、紹子殿!」

天之御中主神が笑顔で言うが、紹子はぎろりと睨み付ける。

「天之御中主神さまも健斗も、いい加減になさい。即刻ここから離れて……いえ、外にでも行っていなさい」

怒られ天之御中主神はしゅんと肩を落として反省したが、健斗は肩を竦めただけで反省をした様子はなく歩いていく。





15分後、明香里は鏡に映った自分の姿を紅潮した顔で見つめている。巫女装束は思いの外可愛く、我ながら似合っていると思えた。

「まあ、何度かやれば覚えるでしょうから。明日は明香里さんが自分で着てみてね」
「はいっ」
「ああ、似合いますね」

その声ははっきりと聞こえた、終わったとも言っていないのに健斗は襖を開いて明香里の姿を見ている。

「ねえ、可愛らしいわ」

それを注意もせず、紹子も肯定する。

「それだけお似合いなら、是非うちにお嫁に来てもらいたいですね」
「まあまあ、それはそれでいいお話だけどねえ」

紹子もまんざらでもないが、それは当人次第だと判っている。
紹子自身、やはり神社の娘だった。自分では一般家庭への結婚も視野に入れていたが、結果的には人を介してこの水天宮への輿入れとなった。それに後悔はないが、選択の余地はもっとあってもよかったとは思っている。息子の健斗が跡を継ぐと言ってくれたのは嬉しいが、別に気にしなくてもいいのに、とも思う。
健斗の背後から明香里を見つけた天之御中主神もほくほく顔だ。

「うんうん、夏を思い出すな、やはり明香里はその手の格好の方が似合うぞ」
「そうかなあ」

袂を広げ、鏡に映しながら明香里はその姿を確認する。

「ええ、似合いますよ。では仕上げは僕がしましょう」
「仕上げ?」

明香里も紹子も声を上げた。
健斗の手には巾二センチほどの和紙があった、それを見て紹子は、ああ、と呟く。

「さあ、座って」

明香里は鏡の前に正座した、その間に健斗はその紙を折っていく。最終的にはそれを明香里のローテールの髪に掛けて輪にし、きゅっと締め上げた。

「え、これって……」
「巫女装束の一部です、丈長(たけなが)と言うんですよ」

健斗が説明する中、紹子が手鏡を渡した。明香里はそれに反射させてその丈長を見る。

「わあ……かわいい……」
「ええ、似合ってます」
「あ、写真撮ろ、お願いしていいですか」

明香里が鞄からスマホを取り出し健斗に渡したが、健斗は紹子に渡して、明香里と肩を組む。明香里は「ん?」と思いつつも一緒に撮ってもらってしまう。

「俺も、俺も!」

天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)が訳も判らず声を上げ、明香里と並んだが。

「──まあ」

紹子は声を上げた。

「──天之御中主神さまは、本当に神様、なんですね」

そんな言葉に皆は、え、と呟く、その間に紹子はシャッターを切った。
撮ったその写真を、紹子は見せる。
絶対に、明香里の隣に天之御中主神は居た筈なのに。明香里の肩に腕を掛けた姿でいた筈なのに。そこに天之御中主神の姿はなかった。

「──なんでだ?」

天之御中主神は不機嫌に言う。

「顕現していても、肉体はないと言う事なのでしょうかね」

健斗が冷静に分析する。

「そんな」

天之御中主神は呟き明香里を見下ろすと、その頬をそっと指の背で撫でた。

「そんなはずはない、ちゃんと触れられる、明香里の温かさもわかる」

熱のこもった瞳に魅入られ、明香里は慌てて顔を伏せる。

「明香──」

天之御中主神はその指を顎にかけ明香里の顔を上げようとしたが、健斗がその手を叩き落とした上、ふたりの間に割って入る。

「妙齢の女性にする仕草ではないですね」
「何をいう! 俺と明香里の仲だ! 邪魔だてするな、権禰宜!」

言い合いを始めるふたりに、明香里はこそこそ逃げ出し、紹子も肩を竦めて明香里を連れてその場を去った。





来訪者にお守りの販売をした、その会計が終わり、販売口のガラス窓を閉めると背後から健斗が声をかける。

「なかなか上手ですね、本当に初めてですか?」
「物を売る経験なんて、文化祭の出し物くらいです」

明香里は恥ずかしそうに答える。

「本当ですか? なかなか堂に入っています。すぐにここでの仕事を任せられます」

とても遠回しなプロポーズの言葉に、明香里は太腿を叩きながら振り返った。

「権禰宜さん!」
「健斗です。そんな堅苦しい肩書で呼ばれても嬉しくありません」
「──健斗さんっ」

むしろこちらは呼びにくいと思いつつも叫ぶ。

「からかうのはやめてください! 私が天之(あめの)くんを好きなのは知っているでしょ!」
「知っていますよ、結ばれることのない、無駄な恋をしていると」

はっきりといわれて明香里の顔は凍り付く。

「まあ、本人たちもわかっているようなので改めていう必要もないんですけど。そんな恋でも恋は恋ですし、恋は女性を綺麗にすると言いますからね、その点では無駄ではないですけど。神様とこの先どうこうなろうなんて夢を見るより、私という現実で手を打ってはい」

瞬間、明香里は健斗の頬を平手ではたいていた、軽快な音が響く。
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