好きになったのが神様だった場合
「現実的な話をさせてもらえば、彼は健康保険にも入ってませんから、病院で治療などしたら請求額は莫大になると」
「そんな! このまま見捨てるつもりですか! お金なら私が一生かけてでも払います!」
半ば冗談のつもりでいったが、真面目に答えられてしまい健斗は肩をすくめる。
「天之御中主神さま、祝詞でもあげましょうかな」
宮司の成恭が笑顔でいう、まったく緊迫感がない。
「そんなもので……治る気がせん……」
ご本尊たる天之御中主神にいわれ、そんなひどいと神職たちは憤る。
「……気持ちが、悪い」
「大丈夫? 吐く? 吐くなら吐いて」
今すぐかと焦り明香里は両手を差し出した、紹子が慌てて器を取りにその場を離れる。
「腹が、沸騰でもしているようだ……」
そういって体を縮こませる、痛みが楽なる場所を求めるようだと明香里は思う。
「天之くん……っ」
自分のせいだと痛感し、少しでも楽にしてやりたいとその背を撫でながら抱きしめた。
「──すごい熱……!」
いつもはひんやりとしているその体が、ありえないほど熱くなっていた。
「お願いです、病院へ──このままじゃ死んじゃいます!」
叫び起こしかけた体を、天之御中主神が手をかけ引き留めた。
「居てくれ。明香里が触れていると、少しは楽だ」
「本当?」
はあ、と深く息をついての言葉に、本当に楽になるのならばと明香里は天之御中主神に覆いかぶさる。
「そんなことをいって、見せつけるなど──」
「そこです!」
健斗の文句を、狐が突然大きな声を上げて遮る。
「なんです?」
健斗が静かに聞き返した。
「粗慢な神とはいえ天之御中主神さまは間違いなく神様なのです、これでも何十年もお仕えしておりますが、病気などしたことはございません」
「狐ぇ、一言多いぞー」
天之御中主神は苦しい息の元ながら言い返す。
「顕現しておるとはいえ、神がこうも具合が悪くなるなど、あるでしょうか!?」
言われて皆で顔を見合わせる。
「──でも、こうして触れることはできますから、肉体があるのでは?」
健斗が言う。
「わたくしめも霊体と肉体の間の存在です、触れることはできますが、食事を必要とはしませんし、具合が悪くなることもありません」
「でも今の天之御中主神さまは、明らかに具合は悪そうですね」
「悪そう、ではない、本当に死にそうに辛いぞ」
苦しげに言うが、あなたに死がわかるのかとは誰も聞かなかった。
「そもそも、なぜこんなにも長い時間顕現されておるのです? あなた様の身に何が起きているのです!」
「そうは言われてもなあ……」
狐の言葉に天之御中主神は明香里の腕の中で小さくなって呟く、明香里は涙目で訴えた。
「いつもは冷たい天之くんの体がこんなに熱いだけでおかしいんです、お願いですから助けてください」
「ふむ」
健斗が顎をさすりながら考える。
「あなたの血をなめたそうですが、見たところケガはないですよね」
「指を切りました」
いって右手の人差し指を見せる、まだ生乾きと言っていい血がついていた。
「コップ1杯飲んだというならまだしも、そんなかすり傷程度の血を舐めたからといって、こうも具合が悪くなりますか?」
「でも、現にそのすぐあとにこんな風になったんです」
熱いのに青ざめ体を震わせる天之御中主神を見て、明香里は不安になってさらに強く抱きしめる。
「明香里さんの血になにか毒性でも?」
「そんなことはないですけど!」
そんな確証はないが、そう思うしかない。
「どうする、健斗?」
泰道が不安そうに長身を見上げる。
「そうですね──正直、治せる医者がいるとは思いませんが、明香里さんが心配しているのでは、とりあえず病院へ行きますか」
近所の医院にでも連れていくかと思いながらいう健斗の声を、白狐がかき消した。
「安徳天皇さま!」
「安徳天皇?」
皆の視線が狐に注がれる、狐は拝殿と社務所を繋ぐ扉を見ていた、皆も一斉にそちらを見るがその存在は確認できない。だが狐の視線は動き天之御中主神のあたりで止まる。
見る間に天之御中主神の呼吸が緩くなってくる、全身に入っていた力が抜けていくのも明香里にはわかった。
「天之くん……!」
苦しげだった顔も元のきれいな顔立ちに戻って、明香里は安堵する。呼びかけに天之御中主神はぱちっと目を開いた。
「楽になった! 安徳が施してくれたのか、ありがとな!」
健斗も快癒にほっとしながらも「人騒がせな」という嫌味は忘れなかった。天之御中主神は嬉々として体を起こし、辺りを見回す。
「はて。安徳はもう戻ったのか?」
言葉に狐がはっとする。
「いえ、今もおそばに──見えないのですか?」
「うん? 安徳?」
見回すが幼子の姿はない。
「……そんな」
白狐が呟く、天之御中主神はぶるりと体を震わせた。
「なにやら、冷える……っ」
呟き、やや乱れた白衣の襟を直し合わせを正して、上掛けを引き寄せる。
「──冷える? 寒いってこと?」
思わず明香里は呟いた。
「え? ああ、寒い……」
しっかり白衣を着こんで小さくなってから、天之御中主神もはたと気づく。
「──今まで寒さなど、感じなかった」
「一応、この部屋は暖房は入ってますけどね」
健斗は言う、しかし脂汗はかいていた、それで冷えているのかもしれない。
「着替えを持ってきましょうか、しかし一体、何が……」
「安徳天皇さま」
いって狐が身軽に跳ねながら天之御中主神のかたわらにやってくる、そしてなにやらうんうんと頷いた。
「不思議なことに、天之御中主神さまは人間になってしまわれたと安徳天皇さまはおっしゃっております。天之御中主神さまから感じる霊力はとても弱いとのことです」
「霊力が」
天之御中主神は呟き、淋し気に微笑んだ。
「確かにお前の声すら聞こえぬ」
狐の視線の先にいるのならば近くにいるはずなのに。それまであった物を失う淋しさが込み上げる。
自分の両手を広げ見つめる、自分自身では特に変化は感じられないが──その右手の人差し指を前方に振ったが、なにも起こらない。
「お?」
今度は天井へ向けて一回転させる、その仕草を明香里は以前見たことがある、直後に大雨が降ったのだ。
だが室内にはもちろん、外にすら雨が降り出す気配はない。同じように振るったつもりだが、どうにも今までのような意識の集中ができないのがわかる。
「なんと! 力が使えん!」
驚き声を上げた。
「え、じゃあ……本当に人間になってしまったの……?」
「そんな! このまま見捨てるつもりですか! お金なら私が一生かけてでも払います!」
半ば冗談のつもりでいったが、真面目に答えられてしまい健斗は肩をすくめる。
「天之御中主神さま、祝詞でもあげましょうかな」
宮司の成恭が笑顔でいう、まったく緊迫感がない。
「そんなもので……治る気がせん……」
ご本尊たる天之御中主神にいわれ、そんなひどいと神職たちは憤る。
「……気持ちが、悪い」
「大丈夫? 吐く? 吐くなら吐いて」
今すぐかと焦り明香里は両手を差し出した、紹子が慌てて器を取りにその場を離れる。
「腹が、沸騰でもしているようだ……」
そういって体を縮こませる、痛みが楽なる場所を求めるようだと明香里は思う。
「天之くん……っ」
自分のせいだと痛感し、少しでも楽にしてやりたいとその背を撫でながら抱きしめた。
「──すごい熱……!」
いつもはひんやりとしているその体が、ありえないほど熱くなっていた。
「お願いです、病院へ──このままじゃ死んじゃいます!」
叫び起こしかけた体を、天之御中主神が手をかけ引き留めた。
「居てくれ。明香里が触れていると、少しは楽だ」
「本当?」
はあ、と深く息をついての言葉に、本当に楽になるのならばと明香里は天之御中主神に覆いかぶさる。
「そんなことをいって、見せつけるなど──」
「そこです!」
健斗の文句を、狐が突然大きな声を上げて遮る。
「なんです?」
健斗が静かに聞き返した。
「粗慢な神とはいえ天之御中主神さまは間違いなく神様なのです、これでも何十年もお仕えしておりますが、病気などしたことはございません」
「狐ぇ、一言多いぞー」
天之御中主神は苦しい息の元ながら言い返す。
「顕現しておるとはいえ、神がこうも具合が悪くなるなど、あるでしょうか!?」
言われて皆で顔を見合わせる。
「──でも、こうして触れることはできますから、肉体があるのでは?」
健斗が言う。
「わたくしめも霊体と肉体の間の存在です、触れることはできますが、食事を必要とはしませんし、具合が悪くなることもありません」
「でも今の天之御中主神さまは、明らかに具合は悪そうですね」
「悪そう、ではない、本当に死にそうに辛いぞ」
苦しげに言うが、あなたに死がわかるのかとは誰も聞かなかった。
「そもそも、なぜこんなにも長い時間顕現されておるのです? あなた様の身に何が起きているのです!」
「そうは言われてもなあ……」
狐の言葉に天之御中主神は明香里の腕の中で小さくなって呟く、明香里は涙目で訴えた。
「いつもは冷たい天之くんの体がこんなに熱いだけでおかしいんです、お願いですから助けてください」
「ふむ」
健斗が顎をさすりながら考える。
「あなたの血をなめたそうですが、見たところケガはないですよね」
「指を切りました」
いって右手の人差し指を見せる、まだ生乾きと言っていい血がついていた。
「コップ1杯飲んだというならまだしも、そんなかすり傷程度の血を舐めたからといって、こうも具合が悪くなりますか?」
「でも、現にそのすぐあとにこんな風になったんです」
熱いのに青ざめ体を震わせる天之御中主神を見て、明香里は不安になってさらに強く抱きしめる。
「明香里さんの血になにか毒性でも?」
「そんなことはないですけど!」
そんな確証はないが、そう思うしかない。
「どうする、健斗?」
泰道が不安そうに長身を見上げる。
「そうですね──正直、治せる医者がいるとは思いませんが、明香里さんが心配しているのでは、とりあえず病院へ行きますか」
近所の医院にでも連れていくかと思いながらいう健斗の声を、白狐がかき消した。
「安徳天皇さま!」
「安徳天皇?」
皆の視線が狐に注がれる、狐は拝殿と社務所を繋ぐ扉を見ていた、皆も一斉にそちらを見るがその存在は確認できない。だが狐の視線は動き天之御中主神のあたりで止まる。
見る間に天之御中主神の呼吸が緩くなってくる、全身に入っていた力が抜けていくのも明香里にはわかった。
「天之くん……!」
苦しげだった顔も元のきれいな顔立ちに戻って、明香里は安堵する。呼びかけに天之御中主神はぱちっと目を開いた。
「楽になった! 安徳が施してくれたのか、ありがとな!」
健斗も快癒にほっとしながらも「人騒がせな」という嫌味は忘れなかった。天之御中主神は嬉々として体を起こし、辺りを見回す。
「はて。安徳はもう戻ったのか?」
言葉に狐がはっとする。
「いえ、今もおそばに──見えないのですか?」
「うん? 安徳?」
見回すが幼子の姿はない。
「……そんな」
白狐が呟く、天之御中主神はぶるりと体を震わせた。
「なにやら、冷える……っ」
呟き、やや乱れた白衣の襟を直し合わせを正して、上掛けを引き寄せる。
「──冷える? 寒いってこと?」
思わず明香里は呟いた。
「え? ああ、寒い……」
しっかり白衣を着こんで小さくなってから、天之御中主神もはたと気づく。
「──今まで寒さなど、感じなかった」
「一応、この部屋は暖房は入ってますけどね」
健斗は言う、しかし脂汗はかいていた、それで冷えているのかもしれない。
「着替えを持ってきましょうか、しかし一体、何が……」
「安徳天皇さま」
いって狐が身軽に跳ねながら天之御中主神のかたわらにやってくる、そしてなにやらうんうんと頷いた。
「不思議なことに、天之御中主神さまは人間になってしまわれたと安徳天皇さまはおっしゃっております。天之御中主神さまから感じる霊力はとても弱いとのことです」
「霊力が」
天之御中主神は呟き、淋し気に微笑んだ。
「確かにお前の声すら聞こえぬ」
狐の視線の先にいるのならば近くにいるはずなのに。それまであった物を失う淋しさが込み上げる。
自分の両手を広げ見つめる、自分自身では特に変化は感じられないが──その右手の人差し指を前方に振ったが、なにも起こらない。
「お?」
今度は天井へ向けて一回転させる、その仕草を明香里は以前見たことがある、直後に大雨が降ったのだ。
だが室内にはもちろん、外にすら雨が降り出す気配はない。同じように振るったつもりだが、どうにも今までのような意識の集中ができないのがわかる。
「なんと! 力が使えん!」
驚き声を上げた。
「え、じゃあ……本当に人間になってしまったの……?」