好きになったのが神様だった場合
「持続時間の程は判りませんよ? 効果が切れて神様に戻る可能性も」
健斗は冷静に答える。確かに、と明香里は思った。涙で顕現できたという時はまもなく消えてしまっていたではないか。
「なに、その時には血をもらえばいいだけのこと!」
「えーやだよ、そんなホラーな設定」
吸血鬼が首筋に噛み付く様子を思い出して言ったが、明香里は微笑んでしまう。それはなにか特別な関係なような気がして嬉しくなる。
「でも……神様には戻らなくていいの?」
「よい、俺にとって大事なのは明香里だ」
熱い言葉に心が満たされ、明香里は天之御中主神の胸に飛び込んでいた。
「死が分かつまで共にいよう。いや、明香里が先に死ねば、俺は後を追うが」
明香里の髪に顔を埋めて天之御中主神はいう。
「え、そんなことしないで」
慌ててあげた顔を、天之御中主神はそっと撫でる。
「俺はもう十分生きた。そしてここ何年かは明香里のためだけに生きていたように思う、その明香里がいなくなればこの世に未練はない」
「そんなこと言わないで」
明香里は天之御中主神の手を取り握りしめて訴える。
「もし私が先に死んだら、天之くんは私の分まで──」
「そんな悲しい約束をするくらいなら、明香里さんは私に譲ってください」
「なんだと!?」
健斗の言葉に天之御中主神はすぐさま反応する、明香里は渡さんと言わんばかりに抱きしめて怒鳴る。
「私なら明香里さんを泣かせたりしません。天之御中主神さまが愛しているのは明香里さんでしょうが、私も明香里さんを同じくらい愛しています」
「なんだ! トンチのようなことをいいおって!」
「10年の片思いなど、簡単に蹴散らしてやるといってるんです」
笑顔でいって両手を広げた、飛び込んで来いというのだろう。
「明香里さん、私もかなり頑丈にできていますよ、きっとあなたより長生きします」
「俺だって……!」
「そういうことじゃなくて」
明香里が静かな声で言う、どちらが先に死ぬかの話ではない。
「約束したいのは、ずっとそばにいたいってことだけ──それは天之くんがいい」
あっさり振られた健斗は、ただ肩を竦めた。
「ねえ、確かめてみよ?」
明香里が提案する。
「何を?」
不思議がる天之御中主神を、明香里は外へ連れ出した。行った先は、かつて一ノ鳥居があった場所だ。
「なるほど」
明香里が買ってくれたコートを着た天之御中主神は空を見上げた、かつてそびえていた一ノ鳥居を思う。
天之御中主神の言葉に明香里はうなずいた。
「ここを出られるかどうか、だよね」
「うむ」
見つめ合い、うなずき合ってから、手を繋ぎ直して歩き出す。
天之御中主神は感じていた、かつて感じていた壁の様なものは無くなっている事に。
そんなことはわからない明香里は不安だった。結界と呼ばれるものに阻まれ天之御中主神はいつもそこから出る事は叶わなかった、人間になったいう今も無理かもしれない。それならば明香里の日参はこれからも続くのだろう、しばらくは来られない、逢えないことに変わりがないことに──繋ぐ手が震えるのを止める事ができなかった。
だが。
いつもは別れを告げるその場所を容易く抜け、通りを更に数歩歩いてから天之御中主神は足を止めた。半歩程後ろを歩いていた明香里も止まり、天之御中主神の横顔を見上げる。
「……天之くん……っ」
「どうやら、本当に神ではなくなったようだな。不思議な事もあるものだ」
どこか淋しくも聞こえる声だった、明香里が言葉を失くしてじっと横顔を見つめていると、天之御中主神は視線を落として明香里と目を合わせ、無邪気な子供のような笑みで喜ぶ。
「嬉しいことだ、明香里と共にいられる」
明香里の返事は、天之御中主神を抱き締める事だった。天之御中主神も抱き締め返す、明香里の体が僅かに震えているのは、泣いているからだとわかった。
泣くな、そんな気持ちを込めて背中をさする、大きく温かな手が間違いなく天之御中主神のものだとわかり、明香里は本当に天之御中主神が神様ではなくなったのだと確認できた。
「あ、行きたいとこある」
唐突に思い出した。
「いいぞ、どこへでも行こう」
天之御中主神は力強く答え、明香里は笑顔で返して手を引き歩き出す。
天之御中主神はコートの襟を直した。玄関に立った時寒さが染みて、明香里がコートをくれて助かったと思いすぐさま着こんだのだ。
ついた先は奈央が働くファストフード店だ、夕方で込み始めたそのレジに奈央の姿を見つけて、明香里はその列に並ぶ。
「いらっしゃ……いー!?」
明香里かと確認すると同時に、高身長の男性の姿に奈央は叫び声を上げる。当の天之御中主神は見たこともない食べ物と店構えに、遠慮もなくキョロキョロしている。
奈央は仕事中であるにもかかわらず、明香里の胸倉をつかみ乱暴に引き寄せ小声で怒鳴った。
「は!? このあいだポテト買ってやろうっていってた相手!?」
「あ、うん、そう」
来られるようになったのだという言い訳を考え始めたが。
「なに、あんた、こんな超絶ハイスペック美形イケメン色男と付き合ってたの!? いつのまに!?」
「いつ、っていわれてもなぁ」
逢えたのはとても最近だが、ずっと思いを寄せていた。逢えない期間は寂しい思いをしたが、天之御中主神の立場を思えば水天宮に行けば会っていたのだ、そう思うとどうにも歯切れが悪くなる。
「明香里! どれを食べてもいいのか!」
そんな会話も知らず、天之御中主神は嬉々とした声で聞いた。
「うん、おなかと相談ね。健斗さんたちと夕飯も食べるだろうから、ハンバーガーはやめておきなね」
「そうか、これからは腹が減るのだな」
しげしげとメニューを見つめる天之御中主神に、奈央は事情を察する、そうだ、フライドポテトを食べたことがないといっていた。
「なに、病気で長期入院とか?」
「うん──そんな感じ。あ、シェイクふたつ」
奈央に雑談に付き合わせるわけにはいかない、現に店の奥からにらみを利かせている者がいる。
「お味はどうしますか? え、どこの人? 近所? 明香里が東北行ったらさみしいね?」
にやにや笑いながらいう奈央に明香里はため息で応じる。
「チョコとバニラ──って、堂々と私の彼氏を狙わないでくれる?」
「馬鹿ね、明香里、こんないい男を置いていくほうが間違ってるわ、私じゃなくても狙うわよ」
健斗は冷静に答える。確かに、と明香里は思った。涙で顕現できたという時はまもなく消えてしまっていたではないか。
「なに、その時には血をもらえばいいだけのこと!」
「えーやだよ、そんなホラーな設定」
吸血鬼が首筋に噛み付く様子を思い出して言ったが、明香里は微笑んでしまう。それはなにか特別な関係なような気がして嬉しくなる。
「でも……神様には戻らなくていいの?」
「よい、俺にとって大事なのは明香里だ」
熱い言葉に心が満たされ、明香里は天之御中主神の胸に飛び込んでいた。
「死が分かつまで共にいよう。いや、明香里が先に死ねば、俺は後を追うが」
明香里の髪に顔を埋めて天之御中主神はいう。
「え、そんなことしないで」
慌ててあげた顔を、天之御中主神はそっと撫でる。
「俺はもう十分生きた。そしてここ何年かは明香里のためだけに生きていたように思う、その明香里がいなくなればこの世に未練はない」
「そんなこと言わないで」
明香里は天之御中主神の手を取り握りしめて訴える。
「もし私が先に死んだら、天之くんは私の分まで──」
「そんな悲しい約束をするくらいなら、明香里さんは私に譲ってください」
「なんだと!?」
健斗の言葉に天之御中主神はすぐさま反応する、明香里は渡さんと言わんばかりに抱きしめて怒鳴る。
「私なら明香里さんを泣かせたりしません。天之御中主神さまが愛しているのは明香里さんでしょうが、私も明香里さんを同じくらい愛しています」
「なんだ! トンチのようなことをいいおって!」
「10年の片思いなど、簡単に蹴散らしてやるといってるんです」
笑顔でいって両手を広げた、飛び込んで来いというのだろう。
「明香里さん、私もかなり頑丈にできていますよ、きっとあなたより長生きします」
「俺だって……!」
「そういうことじゃなくて」
明香里が静かな声で言う、どちらが先に死ぬかの話ではない。
「約束したいのは、ずっとそばにいたいってことだけ──それは天之くんがいい」
あっさり振られた健斗は、ただ肩を竦めた。
「ねえ、確かめてみよ?」
明香里が提案する。
「何を?」
不思議がる天之御中主神を、明香里は外へ連れ出した。行った先は、かつて一ノ鳥居があった場所だ。
「なるほど」
明香里が買ってくれたコートを着た天之御中主神は空を見上げた、かつてそびえていた一ノ鳥居を思う。
天之御中主神の言葉に明香里はうなずいた。
「ここを出られるかどうか、だよね」
「うむ」
見つめ合い、うなずき合ってから、手を繋ぎ直して歩き出す。
天之御中主神は感じていた、かつて感じていた壁の様なものは無くなっている事に。
そんなことはわからない明香里は不安だった。結界と呼ばれるものに阻まれ天之御中主神はいつもそこから出る事は叶わなかった、人間になったいう今も無理かもしれない。それならば明香里の日参はこれからも続くのだろう、しばらくは来られない、逢えないことに変わりがないことに──繋ぐ手が震えるのを止める事ができなかった。
だが。
いつもは別れを告げるその場所を容易く抜け、通りを更に数歩歩いてから天之御中主神は足を止めた。半歩程後ろを歩いていた明香里も止まり、天之御中主神の横顔を見上げる。
「……天之くん……っ」
「どうやら、本当に神ではなくなったようだな。不思議な事もあるものだ」
どこか淋しくも聞こえる声だった、明香里が言葉を失くしてじっと横顔を見つめていると、天之御中主神は視線を落として明香里と目を合わせ、無邪気な子供のような笑みで喜ぶ。
「嬉しいことだ、明香里と共にいられる」
明香里の返事は、天之御中主神を抱き締める事だった。天之御中主神も抱き締め返す、明香里の体が僅かに震えているのは、泣いているからだとわかった。
泣くな、そんな気持ちを込めて背中をさする、大きく温かな手が間違いなく天之御中主神のものだとわかり、明香里は本当に天之御中主神が神様ではなくなったのだと確認できた。
「あ、行きたいとこある」
唐突に思い出した。
「いいぞ、どこへでも行こう」
天之御中主神は力強く答え、明香里は笑顔で返して手を引き歩き出す。
天之御中主神はコートの襟を直した。玄関に立った時寒さが染みて、明香里がコートをくれて助かったと思いすぐさま着こんだのだ。
ついた先は奈央が働くファストフード店だ、夕方で込み始めたそのレジに奈央の姿を見つけて、明香里はその列に並ぶ。
「いらっしゃ……いー!?」
明香里かと確認すると同時に、高身長の男性の姿に奈央は叫び声を上げる。当の天之御中主神は見たこともない食べ物と店構えに、遠慮もなくキョロキョロしている。
奈央は仕事中であるにもかかわらず、明香里の胸倉をつかみ乱暴に引き寄せ小声で怒鳴った。
「は!? このあいだポテト買ってやろうっていってた相手!?」
「あ、うん、そう」
来られるようになったのだという言い訳を考え始めたが。
「なに、あんた、こんな超絶ハイスペック美形イケメン色男と付き合ってたの!? いつのまに!?」
「いつ、っていわれてもなぁ」
逢えたのはとても最近だが、ずっと思いを寄せていた。逢えない期間は寂しい思いをしたが、天之御中主神の立場を思えば水天宮に行けば会っていたのだ、そう思うとどうにも歯切れが悪くなる。
「明香里! どれを食べてもいいのか!」
そんな会話も知らず、天之御中主神は嬉々とした声で聞いた。
「うん、おなかと相談ね。健斗さんたちと夕飯も食べるだろうから、ハンバーガーはやめておきなね」
「そうか、これからは腹が減るのだな」
しげしげとメニューを見つめる天之御中主神に、奈央は事情を察する、そうだ、フライドポテトを食べたことがないといっていた。
「なに、病気で長期入院とか?」
「うん──そんな感じ。あ、シェイクふたつ」
奈央に雑談に付き合わせるわけにはいかない、現に店の奥からにらみを利かせている者がいる。
「お味はどうしますか? え、どこの人? 近所? 明香里が東北行ったらさみしいね?」
にやにや笑いながらいう奈央に明香里はため息で応じる。
「チョコとバニラ──って、堂々と私の彼氏を狙わないでくれる?」
「馬鹿ね、明香里、こんないい男を置いていくほうが間違ってるわ、私じゃなくても狙うわよ」