好きになったのが神様だった場合
「明香里がこの間買ってきてくれた『ぽてと』は食べたいのう」
「うん、じゃあ、ポテトのSと、ナゲットもください、ソースはバーベキューで」
「店内でお召し上がりですね! 揚げたてをお持ちしまーす!」

キッチンを確認もせずに番号札を置いて、すでに用意されたシェイクが乗ったトレーを押し出す。席で待っていろというのだろう。

明香里がそれを持って2階の飲食スペースへ上がっていく。窓際の横並びに座れる席が空いていた。
バニラ味のシェイクを一口飲んだ天之御中主神が笑顔になる。

「夏に明香里が買ってくれたかき氷とはまた違って、うまいな」
「そう? よかった」
「おお、これも金がかかるのだな、今度は俺がおごってやるからな」
「うん、楽しみにしてるね」

そんなこといいのに、と明香里は心の底から思う。チョコ味のシェイクを口に含む。

「そちらとは味が違うのだな」
「飲んでみる?」

明香里が差し出すそれを、天之御中主神は明香里の手ごと包み込んで体を近づけて飲んだ。

「ふむ、これはこれで」

天之御中主神が朱鷺色の舌で唇を舐めた時、

「お待たせしましたー、チキンナゲットとフライドポテトでーす」

奈央が割り込んできた、トレーに乗せたままのそれらをふたりの間からテーブルに乗せる。

「お客様、見せつけるのはやめてくださいな」

間接キスをにやにや笑いしながらいさめた。

「見せつけるつもりは」

明香里が抵抗をするが、天之御中主神は笑顔で答えた。

「しかたあるまい、俺は明香里と『きす』をしないと死んでしまう奇病なんだ」

瞬間店内に悲鳴が起きる、完全に周囲に聞かれていたのだとわかり明香里は恥ずかしくなって俯くばかりだ。その理論は間違ってはいないが何かが違うと思うが言い訳など考えつかなった。
間近で聞かされた奈央も返答に困る、それは真面目な話なのか、単にのろけなのか判断がつかなかったのだ。ただひとつ、はっきりしたことはあった。

「──他の女がつけいる隙はない、と」

天之御中主神はうん、と頷く。

「そうだ、明香里だけが特別だ」

いわれて奈央は肩をすくめる。

「まあ、親友の彼氏を本気で取るつもりはなかったけどさ。お邪魔しましたわね」

番号札を手にし、それを別れのあいさつに振った。

「明香里もモテるのに男に興味なさげだったのがもったいないって思ってたから、安心したわよ、つかびっくりしたけど、いきなりここまでハイスペックとは」

ハイスペックの意味はわからず天之御中主神は首をかしげる。

「明香里ももうすぐ東北行っちゃうけど、そんな逢えない距離と時間とか関係ないんだろうね」

奈央の言葉が明香里の心をじんと熱くしたが、

「って言うても寂しいときもあるでしょう、よかったら私が話し相手に、ええ、なんなら朝まで」
「奈央!」

怒鳴られ、奈央は「冗談よー」と笑いながら去っていく。

「まったく、油断も隙も……!」

明香里が呟くと、それを慰めようとするかのように天之御中主神は握ったままの明香里の手をさらに強く握る。

「明香里以外の女は、いや男も、幼子も老人も、俺にとっては大差ない、ただのヒトだ」

それは日々やってくる参拝者がそうだった、個別認識などしていないのだ。

「明香里だけが特別だ、明香里以外の者は要らない」

そんな熱烈な愛情表現を、近くの席に座る者は聞いている。美形の口から発せられる愛の言葉に全員がもだえてしまう。

「明香里だけを愛している」

私も、と明香里は答えたいのに涙が喉を封じて声にならなかった。涙は嬉し泣きだ、逢うこともままならなった人が特別だと言ってくれる幸せを噛みしめる。

10年越しの人と神の恋が実を結んだのだから。





翌日明香里が水天宮へいくと、まずは事務所へ呼ばれた。

「いろいろ考えたんだが」

宮司の成恭がにこにことして切り出す。

「恐れ多いのですが、天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)さまを我が子として迎えようと思いましてね」

成恭の隣で天之御中主神もにこにこしていた。

「え、我が子?」
「本当は私の兄弟になるはずだったのですが」

健斗が不機嫌に口をはさむ。

「父がどうしても妾腹の子がいたなどと、触れまわりたくないと」

成恭の隣で泰道が「当たり前だ!」と顔を真っ赤にして怒った、その隣で妻の紹子はまあいいのにねえなどとのんきに笑っている。

「え、いえ、そうじゃなくて、なんでわざわざ養子になんて……」

明香里の疑問に美園家が一同で「ああ!」とうなずいた。

「戸籍のためです。単純な話をすれば、このままでは明香里さんと結婚もできませんよ」

いわれ、明香里は恥ずかしそうに頬を染めつつも理解した。
天之御中主神には戸籍がない。それは日本国内で生活していく上では様々な不都合が生じる。

「もちろん戸籍などなくても生活はできます、私たちもサポートしましょう。でもうちもそれなりの家柄で人目を引きます、そこにこんな目立つ男がいたら当然噂になるでしょう。それが無戸籍の成人男性だなんて少々困ったことになりますから、戸籍の申請をするんですが、元が神様だからです、と言い訳するわけにもいかないでしょう」

明香里はうんうん、と頷く。

「初めは泰道がよそで作った子にすればいいといったんだがな、紹子さんも構わないというのに」
「冗談じゃない! 俺に変な噂がつく!」

成恭の言葉を受けて、泰道は大きな声を上げる。

「まあ、天之御中主神さまがいいとおっしゃってくださったので、私の子として申請することにしました。少し時間はかかりますがこれで名実ともにニンゲンになられますよ」

母はすでになく、実父である自分を頼ってきたということにしたと成恭は笑って話す。

「もしかしたら神様に戻ってしまうときが来るかもしれませんが、その時は明香里さんに血を分けてもらうか、まあその頃に明香里さんが天之御中主神さまに飽きてそんなことはしたくないということなら失踪届ですね」

健斗の言葉に、その先のことも考えてのことだと納得できた。

「なんだと! 明香里が俺に飽きるなど!」
「名前なんですけど」

健斗は天之御中主神の言葉をまるっと無視して言葉を続ける。

「いつも明香里さんが呼んでいる天之(あめの)くんでは、美園天之(みその・あまの)となって漫才師のようなので、なにかいい案はありませんか?」

いわれて明香里は吹き出した、確かに『みその・あめの』の『の』がいけないのだろうか、コンビ名のようだ。
< 41 / 44 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop