好きになったのが神様だった場合
#14【離れられないふたり】
卒業式を終えて2週間後、3月半ばになって明香里が仙台へ向かう日になった。
両親と向かったのは水天宮だ、社務所の呼び鈴を押すと、すぐに引き戸が開いた。
「明香里!」
出迎えた天之御中主神がすぐさま抱きしめる、少しは見慣れた現代の服装だが、やはり新鮮で明香里は見るたびに心がときめいてしまう。
宮司の隠し子だと明香里の両親は聞かされた。設定は健斗より年下である、そんな隠し子の存在に当然驚いたが、健斗に負けず劣らずの美男子ぶりにどうでもよくなってしまったのはなぜだろう。
天之御中主神の背後にいる健斗と健斗の両親を見つけ、明香里の両親が頭を下げる。
「どうぞ、道中、よろしくお願いします」
明香里の父が言う。
「はい、きちんと送り届けます、現地でも連絡を取り合いますので」
健斗がコートの襟を直しながら答えた。
仙台の水天宮に修行という名の元、天之御中主神が働くことになった。だが世間知らずの天之御中主神だけでは迷惑をかけるかもと健斗も一緒に行くことにしたのだ。
出発日を明香里と同じ日にした、三人で仙台へ向かう。荷物はすでに発送済みだ、三人とも近所へ買い物に行くかのような荷物しかもっていない。
最寄駅からまずは横浜駅へ向かう。最寄り駅のホームはすぐそばの通りからも見える、明香里の両親と健斗の母が見送る。
やってきた電車の車窓からも最後の別れをする、もう二度と会えないわけではない、自分が決めた道だと思っても寂しさは込み上げる。
電車がスピードを上げて三人の見送りの姿が見えなくなると、明香里は目頭を拭った、その手を押さえ、天之御中主神はその涙を舌先で拭う。
「──天之くん……!」
恥ずかし気に怒鳴るが、天之御中主神はふふんと笑うばかりだ。
「栄養補給だ、気にするな」
そういわれては文句もいえない。
横浜駅から一路東京駅へ、そこから新幹線で仙台へ向かう。
その車内で。
「あ、健斗さん、これ、母から」
鞄から封筒を出して差し出す。
「手紙ですか?」
明香里の左隣に座った健斗が聞く。
「はい」
明香里がそういうので受け取り、ちらりと中身を確認した健斗はすぐに突き返す。
「新幹線のチケット代ですね、いらないといったでしょう」
健斗たちも行くと決まり、どうせなら一緒に行きましょうと誘ってくれたのだ。ならば一緒に購入しておくからと。
「でも母の気持ちですから」
美幸も持って行ったのだがどうしても受け取ってもらえなかったという。明香里からならと託されたのだが。
「本当にいいんです、これは明香里さんのお小遣いにしたらいい」
「え、そんなことできません」
「いずれお嫁さんになる方の交通費くらい払いますから」
いわれて頬を赤らめてしまう。否定はしきれないのは、天之御中主神の嫁になるかもしれないという期待があるからだが、健斗の言葉は違うような気がしつつも黙り込んでしまう。
「ああ、じゃあ受け取りました」
いって封筒を自身の胸に押し当てる。それから封筒を差し出す。
「はい、明香里さん、お小遣いです」
「え?」
「私のポケットマネーですよ」
笑顔でいわれ、明香里はしぶしぶ受け取る。
「あ、チケットって?」
新幹線にの乗るための特急券だ、乗車券はすでに受け取っている。横浜駅から東京駅まではそれを使うことができるからだ。
「ありますよ」
健斗は左胸を叩いた。
「東京駅に着いたらお渡しします、あらかじめ渡しておいたらなくしそうな馬鹿がいますから」
「なんだと!?」
明香里の右隣に座った天之御中主神がすぐさま怒鳴る。
「だれもあなたのことだなんて」
にや、と笑いながら答えた。
「じゃあ、明香里が馬鹿だとでも!」
「そんなことあるわけないでしょう」
聞きながら明香里もその心配はわかるなどと思ってしまう、現に天之御中主神の乗車券は明香里が預かっている。
そして着いた、新幹線専用の改札で。
健斗が出したチケットを、3枚とも明香里は奪い取る。
「あ、こら、明香里さん」
やんわりと咎めて取り上げようとするが、それを見た明香里はにこっと微笑む、やっぱりな、と思った。まとめて買っておきますといった時に疑ってはいたのだ。
「はい、どうぞ」
一枚だけを返した、それを見て健斗の眉間にしわが寄る。
「──明香里さん、あなたって人は、意外と策士ですね」
「健斗さんには負けまーす」
明香里は元気に答え、天之御中主神に乗車券と共に渡して一緒に機械に通すようにいう。
その行動の意味を、天之御中主神は新幹線に乗り込んでから知った。
明香里と天之御中主神は二人掛けの隣合わせの席だが、健斗は10列も離れた3人掛けの席の窓際だった。
「ふっふっふっ、権禰宜め」
策に溺れたかと嘲笑う、歩みを進める健斗は小さく舌打ちして返す。
「もう権禰宜ではありませんよ」
権禰宜とはいわば常務のような役職だ。実家を離れての修行の身となり、その役職は失っている。
「明香里さんの気持ちに寄り添ったまで」
単に騒ぎ立ててまで取り返す気もなかったのは事実だが、親切ぶって答える。
「そうだな、明香里」
天之御中主神はにこりと微笑むと、隣に座る明香里を抱きしめた。
「本当にかわいいやつだ」
「えへへー」
明香里も抱きしめ返して、その体の温かさを味わう。
「あれ? もしかして健斗さんは、天之くんと並んで座りたかったのかな?」
「そんなことあるか、あっても俺からお断りだ」
「そんなこといわないの、一緒に暮らすんでしょ?」
仙台では広めの2LDKのマンションを借りたと聞いた。一緒に住まないかと誘われたが、さすがにそれは断った、交際まもなくで親元から離れて同棲など、しかも男ふたりに囲まれて暮らしていける勇気がない。
「ああ、明香里もいてくれたらどんなに気が楽か。今までのように、宮へ毎日会いに来てくれるよな」
天之御中主神は明香里の方に顔をこすり付けていう。
「権禰宜と常に顔を突き合わせているなど、辛すぎる」
「うん行くよ、できるだけね」