好きになったのが神様だった場合
十年も思い出の場所に通い続けた理由──自分は、たった一度会った少年に恋をしてしまっていたのだ。お礼を言いたいなどとはいい訳で、ただただ彼に逢いたいだけだったのだと。
「……私……」
言葉は泣き声に潰れた、頬を伝う涙を止めることはできなかった。
「──娘」
天之御中主神は慌てて歩み寄り、涙を指で拭った。温かく滑らかな感触に安堵と感動を覚える。今まで何度となく触れたいと思っていた明香里に触れているのだ。
「私、あなたに、逢いたかったの……!」
「俺もだ」
言葉に明香里は天之御中主神も同じ気持ちだったのだとわかり、その体に抱き着いていた。
天之御中主神も抱きしめ返す、行きかう人々がじろじろと見ていくのも構わなかったが、明香里の泣き顔は隠してやろうと、浴衣の袂で頭ごと覆う。
「私……あなたにお礼を言いたくて、ずっと……」
明香里は泣き声でつぶれた声でいう。
「礼? 何の礼だ?」
天之御中主神は明香里の髪に鼻を埋めて聞いた、ようやくその体の感触と温度を感じられて喜びひとしおだった。そして初めて感じる明香里の髪の匂いがなんとも愛おしい。
ヒトの体が羨ましかった、五感があるのだ。
「あの日……母を見つけてくれてありがとう」
涙声で言うと、天之御中主神は耳元で笑った。
「そんな事を言うために、お前は何年も、毎日のようにここへ来ていたのか」
そんな言葉に明香里は天之御中主神の体をぐいと押して離れると、眉を吊り上げて怒る。
「知ってたの!?」
天之御中主神はきれいな顔で微笑む。
「ああ、幼き頃から、よく通ってくれた」
「ひどい! なのに、どうして全然会いに来てくれなかったの!」
「済まぬ、そうおいそれと姿を見せられぬのだ」
今夜もどうして顕現出来たのかが判らない、しかしできたのだ。それを確認するように、天之御中主神は涙の跡を残しながらも怒る明香里の頬を撫でていた、間違いなく明香里の頬に触れていた。
明香里は胸がいっぱいになる、今日もひやりとするその手の懐かしい感触に満たされ、怒りははるか彼方へ行ってしまった。
「しかと礼は受け取った、だがあの晩お前達が再会を果たしたのは、互いを想う気持ちだろう。俺は何もしていない」
「そんな事ない。あなたがいてくれたから、あなたが手を引いてくれたから、私は探しに行こうと思えたの。あなたがいなかったから、私、もっと長い時間淋しい思いをしていたと思う」
明香里の素直な言葉に、天之御中主神は微笑んだ。
「そうか」
なおも頬を撫でる天之御中主神の手に、明香里ははっとする。
(そんな風に触られていたら……)
なにやら顔も近くて、今にもキスでもしそうだと思えた。途端に心臓がバクバクと早鐘を打ち始める。
「あ、あの……」
「ん?」
目の前の天之御中主神は微笑む、そんな美しい笑顔に再び心は溶かされる。手を離して、と言いかけた言葉は出てこなかった。
「なあ、またちんちん焼きを食べに行こう」
なんとも可愛いお願いに、明香里はくすりと微笑んでいた。
「うん、行こ」
互いの手を取った、10年前のあの夜のように。互いの手はやはりひどく温度差があるが、それが心地いい。
目的の屋台は参道の中程にあった。今年は一番大きい袋を買った、屋台の裏に回ると植え込みに座り、明香里の膝の上でその袋を開ける。
「はい、どうぞ」
「うむ」
天之御中主神は頷いて、早速その袋に手を差し入れた、熱い空気がまとわりつき、それよりも熱い物体をつまみあげる。
十年ぶりに味わうその菓子を、天之御中主神は口に放り込んだ。
「うむ、うまい!」
「ほんとだね」
ちんちん焼きは、毎年のように買っている物だが、今年の物は一段と美味しく感じられた。
しかし大分食べ進めると、さすがに口の水分がなくなってくる。
「何か飲み物買ってくる」
明香里は袋を天之御中主神に渡しながら言った。
「一緒に行くか?」
「ううん、いいよ、食べて待ってて」
「うむ」
屋台を探して歩いて、明香里はかき氷を買って戻る。天之御中主神は明香里の姿を見つけて、すぐに微笑み手を振った。
(──ああ、こういうの、なんて言うんだけ……)
両手にイチゴとレモンのかき氷を持って歩く明香里は、心臓がドクンドクンと言い始めていた。
(ああ……吊り橋効果……)
ちんちん焼きを頬張りながら、嬉々とした笑顔で待つ天之御中主神を見ていると明香里の心臓はやたらにその場所を知らせる。顔の熱を感じながらも明香里は平静を装って天之御中主神の隣に座った。
「どっちがいい?」
「赤と黄色か?」
「イチゴとレモンね」
そうは言われても、天之御中主神はどちらもどんなものなのか、判らない
「どちらでもよい」
「ん、じゃあ、私はレモン」
イチゴ味の方を差し出すと、天之御中主神は嬉しそうに受け取った。すぐさまスプーンですくい上げて口に含むと、大きく目を見開く。
「ひやあ!」
冷たさに驚く天之御中主神のあどけない仕草に、明香里は微笑む。
「おいしいね」
「ああ、うまいが……甘くて……冷たい……!」
「かき氷だもん」
先程、子供の姿に見えたのは気のせいとは思えない反応だった。うまい、甘い、冷たいと言いながら、次から次へと口へ放り込む。
「え、そんな勢いで食べて大丈夫?」
「うむ、大丈夫とは?」
「アイスクリーム頭痛っていって……いててて」
いって明香里はこめかみを押さえた。
「大丈夫か!」
天之御中主神は慌ててちんちん焼とかき氷を脇に置くと、明香里を抱きしめる。
「ん、ごめんごめん、違う、大丈夫……冷たいものを一気に食べるとなるの……あなたは、よく平気だね」
「うむ、なんともないが」
明香里の痛みも、ちんちん焼を食べれば和らいだ。
数分かけてそれらを食べ終わると、明香里はちんちん焼きの袋を綺麗に畳む。
以前の袋は、未だに机の引き出しにしまわれている、印刷は色褪せ、油の染みは濃くなったものが脳裏に甦って、思わず笑みが零れる。10年分の思い出と気持ちがこもっている品物だ。
「──あれはもう、捨ててもいいかな」
隣に座る天之御中主神は「うん?」と聞き返したが、明香里は首を振って応える。
「さあ、次は何をするか?」
天之御中主神がうきうきした様子で誘った。
「え……」
「……私……」
言葉は泣き声に潰れた、頬を伝う涙を止めることはできなかった。
「──娘」
天之御中主神は慌てて歩み寄り、涙を指で拭った。温かく滑らかな感触に安堵と感動を覚える。今まで何度となく触れたいと思っていた明香里に触れているのだ。
「私、あなたに、逢いたかったの……!」
「俺もだ」
言葉に明香里は天之御中主神も同じ気持ちだったのだとわかり、その体に抱き着いていた。
天之御中主神も抱きしめ返す、行きかう人々がじろじろと見ていくのも構わなかったが、明香里の泣き顔は隠してやろうと、浴衣の袂で頭ごと覆う。
「私……あなたにお礼を言いたくて、ずっと……」
明香里は泣き声でつぶれた声でいう。
「礼? 何の礼だ?」
天之御中主神は明香里の髪に鼻を埋めて聞いた、ようやくその体の感触と温度を感じられて喜びひとしおだった。そして初めて感じる明香里の髪の匂いがなんとも愛おしい。
ヒトの体が羨ましかった、五感があるのだ。
「あの日……母を見つけてくれてありがとう」
涙声で言うと、天之御中主神は耳元で笑った。
「そんな事を言うために、お前は何年も、毎日のようにここへ来ていたのか」
そんな言葉に明香里は天之御中主神の体をぐいと押して離れると、眉を吊り上げて怒る。
「知ってたの!?」
天之御中主神はきれいな顔で微笑む。
「ああ、幼き頃から、よく通ってくれた」
「ひどい! なのに、どうして全然会いに来てくれなかったの!」
「済まぬ、そうおいそれと姿を見せられぬのだ」
今夜もどうして顕現出来たのかが判らない、しかしできたのだ。それを確認するように、天之御中主神は涙の跡を残しながらも怒る明香里の頬を撫でていた、間違いなく明香里の頬に触れていた。
明香里は胸がいっぱいになる、今日もひやりとするその手の懐かしい感触に満たされ、怒りははるか彼方へ行ってしまった。
「しかと礼は受け取った、だがあの晩お前達が再会を果たしたのは、互いを想う気持ちだろう。俺は何もしていない」
「そんな事ない。あなたがいてくれたから、あなたが手を引いてくれたから、私は探しに行こうと思えたの。あなたがいなかったから、私、もっと長い時間淋しい思いをしていたと思う」
明香里の素直な言葉に、天之御中主神は微笑んだ。
「そうか」
なおも頬を撫でる天之御中主神の手に、明香里ははっとする。
(そんな風に触られていたら……)
なにやら顔も近くて、今にもキスでもしそうだと思えた。途端に心臓がバクバクと早鐘を打ち始める。
「あ、あの……」
「ん?」
目の前の天之御中主神は微笑む、そんな美しい笑顔に再び心は溶かされる。手を離して、と言いかけた言葉は出てこなかった。
「なあ、またちんちん焼きを食べに行こう」
なんとも可愛いお願いに、明香里はくすりと微笑んでいた。
「うん、行こ」
互いの手を取った、10年前のあの夜のように。互いの手はやはりひどく温度差があるが、それが心地いい。
目的の屋台は参道の中程にあった。今年は一番大きい袋を買った、屋台の裏に回ると植え込みに座り、明香里の膝の上でその袋を開ける。
「はい、どうぞ」
「うむ」
天之御中主神は頷いて、早速その袋に手を差し入れた、熱い空気がまとわりつき、それよりも熱い物体をつまみあげる。
十年ぶりに味わうその菓子を、天之御中主神は口に放り込んだ。
「うむ、うまい!」
「ほんとだね」
ちんちん焼きは、毎年のように買っている物だが、今年の物は一段と美味しく感じられた。
しかし大分食べ進めると、さすがに口の水分がなくなってくる。
「何か飲み物買ってくる」
明香里は袋を天之御中主神に渡しながら言った。
「一緒に行くか?」
「ううん、いいよ、食べて待ってて」
「うむ」
屋台を探して歩いて、明香里はかき氷を買って戻る。天之御中主神は明香里の姿を見つけて、すぐに微笑み手を振った。
(──ああ、こういうの、なんて言うんだけ……)
両手にイチゴとレモンのかき氷を持って歩く明香里は、心臓がドクンドクンと言い始めていた。
(ああ……吊り橋効果……)
ちんちん焼きを頬張りながら、嬉々とした笑顔で待つ天之御中主神を見ていると明香里の心臓はやたらにその場所を知らせる。顔の熱を感じながらも明香里は平静を装って天之御中主神の隣に座った。
「どっちがいい?」
「赤と黄色か?」
「イチゴとレモンね」
そうは言われても、天之御中主神はどちらもどんなものなのか、判らない
「どちらでもよい」
「ん、じゃあ、私はレモン」
イチゴ味の方を差し出すと、天之御中主神は嬉しそうに受け取った。すぐさまスプーンですくい上げて口に含むと、大きく目を見開く。
「ひやあ!」
冷たさに驚く天之御中主神のあどけない仕草に、明香里は微笑む。
「おいしいね」
「ああ、うまいが……甘くて……冷たい……!」
「かき氷だもん」
先程、子供の姿に見えたのは気のせいとは思えない反応だった。うまい、甘い、冷たいと言いながら、次から次へと口へ放り込む。
「え、そんな勢いで食べて大丈夫?」
「うむ、大丈夫とは?」
「アイスクリーム頭痛っていって……いててて」
いって明香里はこめかみを押さえた。
「大丈夫か!」
天之御中主神は慌ててちんちん焼とかき氷を脇に置くと、明香里を抱きしめる。
「ん、ごめんごめん、違う、大丈夫……冷たいものを一気に食べるとなるの……あなたは、よく平気だね」
「うむ、なんともないが」
明香里の痛みも、ちんちん焼を食べれば和らいだ。
数分かけてそれらを食べ終わると、明香里はちんちん焼きの袋を綺麗に畳む。
以前の袋は、未だに机の引き出しにしまわれている、印刷は色褪せ、油の染みは濃くなったものが脳裏に甦って、思わず笑みが零れる。10年分の思い出と気持ちがこもっている品物だ。
「──あれはもう、捨ててもいいかな」
隣に座る天之御中主神は「うん?」と聞き返したが、明香里は首を振って応える。
「さあ、次は何をするか?」
天之御中主神がうきうきした様子で誘った。
「え……」