日神ジャスティオージ外伝~Secret of Birth~
参・~Savior~創聖者の命
戦国時代の日向国(宮崎県)、都万宮神社。
(※モデル・都万神社)
境内近くにひっそりと隣接する無戸室(うつむろ)。
旧日下部氏族によって構えられた大屋敷。広大な領地に、青年(テルヒコ)は連れられていた。
当時(コノハナサクヤヒメ)の神女であった姫君(サクヤ)は、眠る青年の隣で自らに授けられた
光の反射によって紫にも見えた桜色の勾玉(三神器の一つサクヤイザー)を物憂げな表情で見つめていた。
(この男、もしあの矢文が正しければ―!我々の・・・。)
大友軍の攻撃より社殿を防衛するため数多くの兵が屋敷の周囲を警護していた。
※無戸室=コノハナサクヤ姫の伝承地。都万神社は古来よりサクヤヒメをまつる。
遡ること寛治4年(1090年)、聖地日向に住まう人々を守護するべく都万宮大明神(コノハナサクヤヒメ、日下部家の祖先)が、神官(ハルタカ)の娘(タカヒメ=初代サクヤ)に乗り移り、彼女へ神女として力を授けて数世紀。
現れるマガツ神らに対し、日向の聖地は代々サクヤ率いる日下部の総本家により掃討がなされてきた。戦国のサクヤとして、彼女も他の創聖者同様自らに託された使命を生きる戦士たちの一人であった。
チュンチュン(鳥のさえずり)
「命拾いしたな・・・目が覚めたか?(サクヤ)」
「ここは・・・。(テルヒコ)」
先刻大友そして島津軍と激しい戦いを繰り広げたその青年(テルヒコ)を
神の末裔として当代日向の地を守護していたサクヤは穏やかな表情で迎えていた。
「安心なさい。あなたのことは荘園にいる連中には秘密にしてるから・・・食べなさい。(サクヤ)」
青年にとって数か月ぶりとなる、まともな食事。目の前に広がる豪華絢爛な山の幸に、青年は何も言わず会釈と共に与えられた料理を平らげた。
「すまない・・・・。(テルヒコ)」
「よっぽどお腹減ってたのね・・・(サクヤ)」
「こんなところまで、なぜ俺を。(テルヒコ)」
「名前はなんていうの?(サクヤ)」
「・・・テルヒコという。(テルヒコ)」
「悪人のような名前じゃないわね。(笑うサクヤ)」
先日の険しい表情から一転し、普段のサクヤは物静かで上品な印象の女性であった。
薩摩隼人に繋がる、南方よりはるか古来日向に上陸した日下部一族。
南国特有の風土、その強い日差しで焼けた肌に桜色の着物を召した彼女に
テルヒコは無意識になぜか、かつての仲間たちに再会したかのような安心感を感じたのであった。
「・・・なぜ、あの時俺を焼き払わなかったんだ。いつでも殺せたはずだ。(テルヒコ)」
「勘よ、私には分かるのです。(サクヤ)」
「お礼は私の質問に答えることで返してもらうわ・・・。(サクヤ)」
彼女は静かにそう告げると、庭園を見つめひとりはっきりした口調で青年に言うのだった。
「あなた・・・・・私たちの、仲間になってくれない?(サクヤ)」
「・・・・・・・・(テルヒコ)」
青年は、複雑な表情でサクヤを見上げた。
彼女の表情はとてもにこやかで、まるで人の命を奪うような戦の気配とは異なるように男には思えた。
(めずらしい、この気配は・・・仏か何かのような・・・。)
「仲間って・・・。不躾だが、あんたたちは、何者だ。あんたの名は?(テルヒコ)」
「あ、姫様勝手にこんな所に!・・・おい貴様無礼であるぞ姫君にそのような口の利き方を!(サクヤの護衛兵)」
「いいのいいの・・・。私はサクヤ。(サクヤ)」
「サクヤ・・・・・・コノハナサクヤヒメの"サクヤ"か。(テルヒコ)」
「最も・・・元の名前は親類の数えるほどしか知らない。
いまはそれ(サクヤ)が名前のようなもの。(サクヤ)」
「私が当代のサクヤを世襲して、私はずっとそう名乗っている。(サクヤ)」
「姫、こんな下らんものにそのようなことを・・・。(護衛兵)」
「無礼なのはどちらだ、・・・それに、なかなか使える、役に立つ客人かもしれない。(サクヤ)」
「まるでモノのような言い草だな。(テルヒコ)」
「それくらい期待できるってことよ。(サクヤ)」
「人相手の戦か・・・そんなものは御免だ。これまで嫌というほど斬り合いを見てきた。(テルヒコ)」
「そんな下らないことは、時代遅れの獣共(大友・島津)にやらせておけばいい。(サクヤ)」
年齢不相応の落ち着きで、サクヤはテルヒコの追うものの影をすべて見抜いているかのようだった。
「あのときあなたは確実にマガツカミを追っていた、目的は私たちも同様。(サクヤ)」
はじめて自らと同じ目的で行動する、戦士を眼の前にしてテルヒコの面持ちは変わっているようだった。
「お前らも・・・"声"が聞こえるのか?(テルヒコ)」
「声・・・。私は私の信念に、先代の誇りにかけ戦うのみよ。(サクヤ)」
彼のいう言葉の意味が何を指すのか疑問に思いながら、彼女は続ける。
「私たちは、代々ずっと・・・魔軍からこの地日向國、そして国衙に守られてきた伝統を守る使命がある。あなたも素敵なことだとおもわない?
そのためだけに戦っているの・・・前回もそう。(サクヤ)」
「わざわざこんな男、替えの雑兵などいくらでも・・・・(護衛兵)」
「人望があるんだな・・・若いのにたいしたもんだ。(テルヒコ)」
「でも人間からも迷惑がられているのよね、毎回私が割り込んでぶっ放すから。(指で銃をつくり笑うサクヤ)」
「(ため息をついて)・・・わかった。戦の際は俺を使ってくれ。なかなかこの体も・・・。
それにどこでくたばっても、どうせゴミのような命だ。(笑顔のテルヒコ)」
無機質の笑顔で答える青年に、彼女は眉間をひそめ、強く反論した。
「ゴミって・・・何言ってんの。あんたね、自分の命は大切にしなさい。先祖に申し訳ないと思わないの?(サクヤ)」
「生憎俺にはあんたのような、そんな思い出(記憶)は無い・・・。(テルヒコ)」
「俺はどこで死のうが悔いはない・・・だから別に構わん。(テルヒコ)」
「お前・・・・・・(護衛兵)」
「・・・・・あ、あっさりしてるのね。(汗)(サクヤ)」
「・・・・だが、(テルヒコ)」
「そこにマガツカミがいれば、そいつは俺が潰す。
オレの手で祓う・・・。それが大友であろうが、島津だろうが、この世の誰であろうがすべて・・・(テルヒコ)」
そう答えるテルヒコの表情に、サクヤは一瞬謎の気配を見た。
「(いったい奴をつき動かすものは、どこから)・・・。(サクヤ)」
ドガドガドガ!(突如廊下を走る足音)
「・・・・・いた・・・・見つけた!(シマコ)」
「?!(テルヒコ・サクヤ)」
身に着けた腰の藁、一見漁師のようないでたちで深い青、緑の着物をまとった青年(シマコ)が、先刻卑弥呼の指令を受け
日下部(サクヤ)の屋敷にちょうどやってきていた最中であった。
シマコの瞳は、茶室に座るテルヒコとサクヤたちをとらえ涙で真っ赤にうるんでいた。
千年の時を超えた、再会。
奴(テルヒコ/友)は生きていてくれた!シマコは自ら一族の同胞に出会えたことが喜ばしかった。
「・・・・・・おい、デルヒゴ・・・・・こんなとこでおま゛ぇえ゛・・・・・(目を赤くし涙目のぐちゃぐちゃになるシマコ)」
「(-こいつ、誰や?!-)(テルヒコ・サクヤ・護衛兵たち)」
鼻水、涙で目頭熱くテルヒコをみた青年シマコ。
「うぉおおォオ―愛してるぞぉオーーーテルヒコ―――――!!!!!(シマコ)」
シマコはとてつもないダッシュと千年分の跳躍力でかつての親友に飛びついた。
「ぇえええええええ??!!!(驚愕するサクヤ・護衛兵たち)」
護衛兵たち一同とサクヤの眼の前は真っ白となっていた。
テルヒコの懐に勢いよく飛び込んだシマコは、屋敷の茶室の奥まで柔道の巴投げか何かのように投げ飛ばされた(テルヒコによって)
「なっ、なんだお前は・・・!(テルヒコ)」
「・・・!おっ、オレだよ!覚えてねえのか?!・・・(シマコ)」
「・・・・・お前・・・・いったい(腕で目をこするテルヒコ)」
「恥ずかしがりやがって!教えてやろう、俺もお前と会わない間に随分と有名人になったんだぜ!(シマコ)」
「ビックリすんなよ、おりゃあの伝説のスーパー有名人!水江の浦島子・・・
御伽草子でちびっこに大人気、あんの、浦(ウラ)・島(シマ)・タロウダァー!どうだ!どう思う?!(シマコ)」
弥生の頃よりどこかミーハーな点もあったシマコ、神器に呼ばれ異能を身に着ける修行の旅といえた彼の竜宮の旅は、
尾ひれがついたおとぎ話として翻訳され、民話としていつしか民間へと浸透していた。
(初期は浦島は竜宮ではなく、乙姫により蓬莱山という神仙のいる世界へ行く話だったが、
これも不老長寿となったシマコの竜宮世界への実話が反映された話だった。)
彼は青年が自分の存在を忘れるはずはない、と無理に声を明るくしてその肩を揺さぶった。
(イェーイ!・・・て・・・)
「・・・・・・・・あれ?(シマコ)」
「(こいつ一体・・・)(テルヒコ)」
「・・・・・王子!俺だ、シマコだ!(シマコ)」
喜びをかくさずテルヒコに伝える青年に、テルヒコは思いとどまる。
「王子って・・・?ひょっとしておまえ・・・!(顔色が変わるテルヒコ)」
「・・・・・・そうだ!(うん!とうなずくシマコ)」
「頭打って、おかしくなったんじゃないのか・・・。(テルヒコ)」
ドガン、ゴン、ガン!・・・・ガガン!
茶室にて、近年まれに見ぬ勢いで青年シマコは盛大に、三度もひっくり返った。
「・・・・・おいおい。(シマコ)」
「すまないが、俺は覚えていない・・・・・。くそっ、こんなとき・・・。(テルヒコ)」
「・・・・・そんな、本気で言ってんのかよ・・・・嘘だろォオ・・・。(シマコ)」
「お前は仲間・・俺ら日の一族の王子だったんだぜ!どうしてそんなに、そんなボドボド(※ボロボロ)に・・・なっちまったんだ・・・。(シマコ)」
「お、落ち着けよ・・・・。(テルヒコ)」
「そんな、・・・ぼ、ボドボドに・・・・・・・(うずくまるシマコ)」
「ウソダ、ウジョダァアードォンドゥコドゥォオオオオォーーーン!(畳に拳を叩きつけるシマコ)」
※(訳)嘘だ、うそだーそんなことー!
「お、おい・・・。(テルヒコ)」
その日の夕暮れ。響くカラスの鳴き声のなか、屋敷は詫びしさに包まれた。
先刻日下部の屋敷の柱に放たれた矢文、火野よりサクヤに伝えられていた伝令(でんれい)の内容をシマコは改めて告げた。
「この日のために、数多くの者たちが敗れ落ち、命を落としたの・・・(サクヤ)」
日神を奉じる倭国の末裔、信仰によって各地に継承される神社群が
彼らが生きた時代の息吹を今へとつなぐ、力の爪痕だった。
日神をはじめとする原初の神々のパワーは時代を越え、各聖地に残された。
その強大な力を封じ込め葬り去ることができる者がいるはずもなかった。
だが、闇の使者たちは時代を越え(超古来、原初日本に眠る)聖地の力をつけ狙っていた。
火野琴美。かつて日本に存在した幻のクニ、邪馬台国の女王卑弥呼。
彼女は各地に逃げ伸びた根を張っていた王国の末裔(シマコ・サクヤたち一族の血脈)に伝令を告げ、
世代を超え現れる未来の魔軍と戦うべく、彼らに託した神器の力をこの聖地日向に結集させようとしていたのだ。
「この鏡が、その神器っていうのか・・・!(テルヒコ)」
「いきなりでビックリだろうけど、玉手箱の中はこいつらだったのさ。(シマコ)」
剣を携え異界で何百年という月日暮らしたシマコ。
祖先の地をまもり続け神器を継承したサクヤ。
我を忘れ日々を邪神との戦いに明け暮れたテルヒコ。
揃った一族の生き残り。だが、けして祝福の再会ムードというわけにはいかなかった。
「まさか、お前が忘れちまっているなんて・・・。なんで・・・。(シマコ)」
「・・・・・・(テルヒコ)」
「二人の身柄は、私が預かります。(サクヤ)」
「なかなか可憐な姫君じゃないの。こんな美人さんならどんな悪魔も平伏するってね。(シマコ)」
「シマコとかいう者、ご苦労であった。
あなたが勅令を受けたその火野琴美(ひのことみ)、500年前より一度、我らが社に参りに来てくれている・・・。
その時から代々親交がある・・・。
その文は、私と先代のサクヤ姫しか知らぬ内密な言伝なのだ。(サクヤ)」
「ある意味バケモンのような長老だ、うちの女王様も。・・・おっ、口に気をつけなくちゃ。祟られるかも・・・。(シマコ)」
「・・・呪いを受けぬように、火野という者も己の名を伏せ行動しているのでしょう。
一族の者は蝦夷、肥前、大和と・・・各地に散って潜伏しているが、そのほとんどが私たちのように国衙の神官となって信仰をつたえ残るか、
戦で潰されるか。
源平の戦の後代、皆の者とは長らく音信が途絶えていると聞いた。(サクヤ)」
※当時の陰陽師たちの間では、己の本名を知られるとそれに呪いをかけられるとし、いくつかの偽名を持っていた。
「それ以外にも忍びとなり里で呪法を伝えるものもいたというが・・・。皆消息は。(サクヤ)」
「じゃあ、生き残ったのは俺たちだけなのか・・・?(テルヒコ)」
「いたとしても、その記憶はほとんど滅びている。攻撃は今でも続いている・・・(サクヤ)」
「平安から今まで、私たちは魔軍と戦い続けてきた。(サクヤ)」
「み~んな、バケモンにされちまったんだろぅよ、ハハッ。(乾いた笑いをするシマコ)」
※バケモノ=滅亡した一族の多くの人々は、魔軍イブキと魔王の侵攻により取り込まれ土蜘蛛にされてしまった。
(※ラジオドラマ7話に登場のシーン)
千年の時を経て集った、三人。
事情を未だ完璧には呑み込めずにいるテルヒコ、深刻な表情のサクヤ、凍てついた笑みのシマコ。
三人の顔は一様に暗かった。
だがしばらくして、シマコは二人のうつむく顔を見て、膝を叩き、
無理に彼女らを元気付けるようにその顔に笑みを戻した。
「まあでもよ、あんたらが生きているってことは・・・
オレもまだ死ねない理由があるというこった!くたばっちまったら、それまでだぜ。(シマコ)」
「いま、俺たちにできることをやろうぜ。もう、それしか・・・。(シマコ)」
それまで押し黙って彼ら祖先の伝承を聞いていたテルヒコは、シマコとサクヤの顔を見てついにこう言った。
「・・・・・俺はずっと引っかかっていた、何か大きなことを。昔にとても大切なことを忘れてしまっているような気がするんだ・・・。
シマコ・・・といったな。それに、サクヤ。(テルヒコ)」
(どうせ、なりふり構うことのない命だ・・・!)
「俺は、賭ける。戦場で根無し草のように散るより断然いい。(テルヒコ)」
「どうせ出会ったんだ、俺はこの命の使い道を、お前らに懸けてみることにする。(テルヒコ)」
「信じるよ、その話・・・!(テルヒコ)」
シマコとサクヤの眼は、テルヒコの真剣な目に吸い込まれていた。
惹きつけあう三つの魂は、ついに聖地にて再会した。
「・・・・・・ボドボドになっても変わんねえなあお前も!(パァーンッ!)なあ王子よお!(うれし泣きになりながらテルヒコの背中を叩くシマコ)」
「その呼び方はよせ・・・・うわあ気持ち悪い!離れろ追っかけるな!うぁあああああー!!!(テルヒコ)」
「なんだよ~いいじゃねえかぁあー!それくらいならまだイケるな!明日にゃソッコーで思い出しそうだ。あはは!(シマコ)」
「気に入ったわ!(この男たち、面白い・・・!)(サクヤ)」
ふざけて屋敷の外を駆けまわるシマコに追われて走るテルヒコの眼は、それまでの寡黙な戦士の眼付とまったく変わっているかのようだった。
「(まるで、少年のような無邪気な目に変わっている・・・!)(サクヤ)」
二人の男たちの追いかけ合う姿を見たサクヤの前に、置かれた三つの神器(レガリア)・・・。
テルヒコの鏡(天照伊弉)、シマコの持つ剣(竜宮霊斬)、サクヤの胸にかけられた勾玉(咲夜威座)。
皇室に継承された三種の神器の原型となったプロトタイプ
神秘の(三神器)-。
そのころ、延岡は務志賀軍営(大友宗蘭陣屋)にて・・・。
赤い逆十字の旗が靡く、当時最新鋭の重火器で包囲された宗蘭の根城。
ジュゴオオオオオオ!(魔軍共の巣窟)
糸を引き水音を立て、次々と孵化してゆく土蜘蛛軍たち。
「次々と育つ、わが聖霊が・・・・・!(大友宗蘭)」
煌びやかな南蛮物のロングコート、鉄の鎖、鈍重なる逆十字を胸に下げた瘦せ身の男から放たれる新たなる瘴気(マガ)。
猫のような切れ長の目―。この時代最も熱い情熱をもって、その理想郷(ユートピア)のビジョンをこの地に見た男
「わたしの国・・・・・・・わが無鹿(ムジカ)ァア―!(大友宗蘭)」
※ムジカ=ラテン・スペイン語で美しい音楽(Musica)、その旋律。宗蘭は彼の本拠地をキリシタンの理想郷=ムシカ(無鹿)と呼んだ。
彼ら三人を遠くより見据えるその猛悪なる影は、夢追い人(ドリーマー)大友宗蘭・・・!
戦国時代の日向国(宮崎県)、都万宮神社。
(※モデル・都万神社)
境内近くにひっそりと隣接する無戸室(うつむろ)。
旧日下部氏族によって構えられた大屋敷。広大な領地に、青年(テルヒコ)は連れられていた。
当時(コノハナサクヤヒメ)の神女であった姫君(サクヤ)は、眠る青年の隣で自らに授けられた
光の反射によって紫にも見えた桜色の勾玉(三神器の一つサクヤイザー)を物憂げな表情で見つめていた。
(この男、もしあの矢文が正しければ―!我々の・・・。)
大友軍の攻撃より社殿を防衛するため数多くの兵が屋敷の周囲を警護していた。
※無戸室=コノハナサクヤ姫の伝承地。都万神社は古来よりサクヤヒメをまつる。
遡ること寛治4年(1090年)、聖地日向に住まう人々を守護するべく都万宮大明神(コノハナサクヤヒメ、日下部家の祖先)が、神官(ハルタカ)の娘(タカヒメ=初代サクヤ)に乗り移り、彼女へ神女として力を授けて数世紀。
現れるマガツ神らに対し、日向の聖地は代々サクヤ率いる日下部の総本家により掃討がなされてきた。戦国のサクヤとして、彼女も他の創聖者同様自らに託された使命を生きる戦士たちの一人であった。
チュンチュン(鳥のさえずり)
「命拾いしたな・・・目が覚めたか?(サクヤ)」
「ここは・・・。(テルヒコ)」
先刻大友そして島津軍と激しい戦いを繰り広げたその青年(テルヒコ)を
神の末裔として当代日向の地を守護していたサクヤは穏やかな表情で迎えていた。
「安心なさい。あなたのことは荘園にいる連中には秘密にしてるから・・・食べなさい。(サクヤ)」
青年にとって数か月ぶりとなる、まともな食事。目の前に広がる豪華絢爛な山の幸に、青年は何も言わず会釈と共に与えられた料理を平らげた。
「すまない・・・・。(テルヒコ)」
「よっぽどお腹減ってたのね・・・(サクヤ)」
「こんなところまで、なぜ俺を。(テルヒコ)」
「名前はなんていうの?(サクヤ)」
「・・・テルヒコという。(テルヒコ)」
「悪人のような名前じゃないわね。(笑うサクヤ)」
先日の険しい表情から一転し、普段のサクヤは物静かで上品な印象の女性であった。
薩摩隼人に繋がる、南方よりはるか古来日向に上陸した日下部一族。
南国特有の風土、その強い日差しで焼けた肌に桜色の着物を召した彼女に
テルヒコは無意識になぜか、かつての仲間たちに再会したかのような安心感を感じたのであった。
「・・・なぜ、あの時俺を焼き払わなかったんだ。いつでも殺せたはずだ。(テルヒコ)」
「勘よ、私には分かるのです。(サクヤ)」
「お礼は私の質問に答えることで返してもらうわ・・・。(サクヤ)」
彼女は静かにそう告げると、庭園を見つめひとりはっきりした口調で青年に言うのだった。
「あなた・・・・・私たちの、仲間になってくれない?(サクヤ)」
「・・・・・・・・(テルヒコ)」
青年は、複雑な表情でサクヤを見上げた。
彼女の表情はとてもにこやかで、まるで人の命を奪うような戦の気配とは異なるように男には思えた。
(めずらしい、この気配は・・・仏か何かのような・・・。)
「仲間って・・・。不躾だが、あんたたちは、何者だ。あんたの名は?(テルヒコ)」
「あ、姫様勝手にこんな所に!・・・おい貴様無礼であるぞ姫君にそのような口の利き方を!(サクヤの護衛兵)」
「いいのいいの・・・。私はサクヤ。(サクヤ)」
「サクヤ・・・・・・コノハナサクヤヒメの"サクヤ"か。(テルヒコ)」
「最も・・・元の名前は親類の数えるほどしか知らない。
いまはそれ(サクヤ)が名前のようなもの。(サクヤ)」
「私が当代のサクヤを世襲して、私はずっとそう名乗っている。(サクヤ)」
「姫、こんな下らんものにそのようなことを・・・。(護衛兵)」
「無礼なのはどちらだ、・・・それに、なかなか使える、役に立つ客人かもしれない。(サクヤ)」
「まるでモノのような言い草だな。(テルヒコ)」
「それくらい期待できるってことよ。(サクヤ)」
「人相手の戦か・・・そんなものは御免だ。これまで嫌というほど斬り合いを見てきた。(テルヒコ)」
「そんな下らないことは、時代遅れの獣共(大友・島津)にやらせておけばいい。(サクヤ)」
年齢不相応の落ち着きで、サクヤはテルヒコの追うものの影をすべて見抜いているかのようだった。
「あのときあなたは確実にマガツカミを追っていた、目的は私たちも同様。(サクヤ)」
はじめて自らと同じ目的で行動する、戦士を眼の前にしてテルヒコの面持ちは変わっているようだった。
「お前らも・・・"声"が聞こえるのか?(テルヒコ)」
「声・・・。私は私の信念に、先代の誇りにかけ戦うのみよ。(サクヤ)」
彼のいう言葉の意味が何を指すのか疑問に思いながら、彼女は続ける。
「私たちは、代々ずっと・・・魔軍からこの地日向國、そして国衙に守られてきた伝統を守る使命がある。あなたも素敵なことだとおもわない?
そのためだけに戦っているの・・・前回もそう。(サクヤ)」
「わざわざこんな男、替えの雑兵などいくらでも・・・・(護衛兵)」
「人望があるんだな・・・若いのにたいしたもんだ。(テルヒコ)」
「でも人間からも迷惑がられているのよね、毎回私が割り込んでぶっ放すから。(指で銃をつくり笑うサクヤ)」
「(ため息をついて)・・・わかった。戦の際は俺を使ってくれ。なかなかこの体も・・・。
それにどこでくたばっても、どうせゴミのような命だ。(笑顔のテルヒコ)」
無機質の笑顔で答える青年に、彼女は眉間をひそめ、強く反論した。
「ゴミって・・・何言ってんの。あんたね、自分の命は大切にしなさい。先祖に申し訳ないと思わないの?(サクヤ)」
「生憎俺にはあんたのような、そんな思い出(記憶)は無い・・・。(テルヒコ)」
「俺はどこで死のうが悔いはない・・・だから別に構わん。(テルヒコ)」
「お前・・・・・・(護衛兵)」
「・・・・・あ、あっさりしてるのね。(汗)(サクヤ)」
「・・・・だが、(テルヒコ)」
「そこにマガツカミがいれば、そいつは俺が潰す。
オレの手で祓う・・・。それが大友であろうが、島津だろうが、この世の誰であろうがすべて・・・(テルヒコ)」
そう答えるテルヒコの表情に、サクヤは一瞬謎の気配を見た。
「(いったい奴をつき動かすものは、どこから)・・・。(サクヤ)」
ドガドガドガ!(突如廊下を走る足音)
「・・・・・いた・・・・見つけた!(シマコ)」
「?!(テルヒコ・サクヤ)」
身に着けた腰の藁、一見漁師のようないでたちで深い青、緑の着物をまとった青年(シマコ)が、先刻卑弥呼の指令を受け
日下部(サクヤ)の屋敷にちょうどやってきていた最中であった。
シマコの瞳は、茶室に座るテルヒコとサクヤたちをとらえ涙で真っ赤にうるんでいた。
千年の時を超えた、再会。
奴(テルヒコ/友)は生きていてくれた!シマコは自ら一族の同胞に出会えたことが喜ばしかった。
「・・・・・・おい、デルヒゴ・・・・・こんなとこでおま゛ぇえ゛・・・・・(目を赤くし涙目のぐちゃぐちゃになるシマコ)」
「(-こいつ、誰や?!-)(テルヒコ・サクヤ・護衛兵たち)」
鼻水、涙で目頭熱くテルヒコをみた青年シマコ。
「うぉおおォオ―愛してるぞぉオーーーテルヒコ―――――!!!!!(シマコ)」
シマコはとてつもないダッシュと千年分の跳躍力でかつての親友に飛びついた。
「ぇえええええええ??!!!(驚愕するサクヤ・護衛兵たち)」
護衛兵たち一同とサクヤの眼の前は真っ白となっていた。
テルヒコの懐に勢いよく飛び込んだシマコは、屋敷の茶室の奥まで柔道の巴投げか何かのように投げ飛ばされた(テルヒコによって)
「なっ、なんだお前は・・・!(テルヒコ)」
「・・・!おっ、オレだよ!覚えてねえのか?!・・・(シマコ)」
「・・・・・お前・・・・いったい(腕で目をこするテルヒコ)」
「恥ずかしがりやがって!教えてやろう、俺もお前と会わない間に随分と有名人になったんだぜ!(シマコ)」
「ビックリすんなよ、おりゃあの伝説のスーパー有名人!水江の浦島子・・・
御伽草子でちびっこに大人気、あんの、浦(ウラ)・島(シマ)・タロウダァー!どうだ!どう思う?!(シマコ)」
弥生の頃よりどこかミーハーな点もあったシマコ、神器に呼ばれ異能を身に着ける修行の旅といえた彼の竜宮の旅は、
尾ひれがついたおとぎ話として翻訳され、民話としていつしか民間へと浸透していた。
(初期は浦島は竜宮ではなく、乙姫により蓬莱山という神仙のいる世界へ行く話だったが、
これも不老長寿となったシマコの竜宮世界への実話が反映された話だった。)
彼は青年が自分の存在を忘れるはずはない、と無理に声を明るくしてその肩を揺さぶった。
(イェーイ!・・・て・・・)
「・・・・・・・・あれ?(シマコ)」
「(こいつ一体・・・)(テルヒコ)」
「・・・・・王子!俺だ、シマコだ!(シマコ)」
喜びをかくさずテルヒコに伝える青年に、テルヒコは思いとどまる。
「王子って・・・?ひょっとしておまえ・・・!(顔色が変わるテルヒコ)」
「・・・・・・そうだ!(うん!とうなずくシマコ)」
「頭打って、おかしくなったんじゃないのか・・・。(テルヒコ)」
ドガン、ゴン、ガン!・・・・ガガン!
茶室にて、近年まれに見ぬ勢いで青年シマコは盛大に、三度もひっくり返った。
「・・・・・おいおい。(シマコ)」
「すまないが、俺は覚えていない・・・・・。くそっ、こんなとき・・・。(テルヒコ)」
「・・・・・そんな、本気で言ってんのかよ・・・・嘘だろォオ・・・。(シマコ)」
「お前は仲間・・俺ら日の一族の王子だったんだぜ!どうしてそんなに、そんなボドボド(※ボロボロ)に・・・なっちまったんだ・・・。(シマコ)」
「お、落ち着けよ・・・・。(テルヒコ)」
「そんな、・・・ぼ、ボドボドに・・・・・・・(うずくまるシマコ)」
「ウソダ、ウジョダァアードォンドゥコドゥォオオオオォーーーン!(畳に拳を叩きつけるシマコ)」
※(訳)嘘だ、うそだーそんなことー!
「お、おい・・・。(テルヒコ)」
その日の夕暮れ。響くカラスの鳴き声のなか、屋敷は詫びしさに包まれた。
先刻日下部の屋敷の柱に放たれた矢文、火野よりサクヤに伝えられていた伝令(でんれい)の内容をシマコは改めて告げた。
「この日のために、数多くの者たちが敗れ落ち、命を落としたの・・・(サクヤ)」
日神を奉じる倭国の末裔、信仰によって各地に継承される神社群が
彼らが生きた時代の息吹を今へとつなぐ、力の爪痕だった。
日神をはじめとする原初の神々のパワーは時代を越え、各聖地に残された。
その強大な力を封じ込め葬り去ることができる者がいるはずもなかった。
だが、闇の使者たちは時代を越え(超古来、原初日本に眠る)聖地の力をつけ狙っていた。
火野琴美。かつて日本に存在した幻のクニ、邪馬台国の女王卑弥呼。
彼女は各地に逃げ伸びた根を張っていた王国の末裔(シマコ・サクヤたち一族の血脈)に伝令を告げ、
世代を超え現れる未来の魔軍と戦うべく、彼らに託した神器の力をこの聖地日向に結集させようとしていたのだ。
「この鏡が、その神器っていうのか・・・!(テルヒコ)」
「いきなりでビックリだろうけど、玉手箱の中はこいつらだったのさ。(シマコ)」
剣を携え異界で何百年という月日暮らしたシマコ。
祖先の地をまもり続け神器を継承したサクヤ。
我を忘れ日々を邪神との戦いに明け暮れたテルヒコ。
揃った一族の生き残り。だが、けして祝福の再会ムードというわけにはいかなかった。
「まさか、お前が忘れちまっているなんて・・・。なんで・・・。(シマコ)」
「・・・・・・(テルヒコ)」
「二人の身柄は、私が預かります。(サクヤ)」
「なかなか可憐な姫君じゃないの。こんな美人さんならどんな悪魔も平伏するってね。(シマコ)」
「シマコとかいう者、ご苦労であった。
あなたが勅令を受けたその火野琴美(ひのことみ)、500年前より一度、我らが社に参りに来てくれている・・・。
その時から代々親交がある・・・。
その文は、私と先代のサクヤ姫しか知らぬ内密な言伝なのだ。(サクヤ)」
「ある意味バケモンのような長老だ、うちの女王様も。・・・おっ、口に気をつけなくちゃ。祟られるかも・・・。(シマコ)」
「・・・呪いを受けぬように、火野という者も己の名を伏せ行動しているのでしょう。
一族の者は蝦夷、肥前、大和と・・・各地に散って潜伏しているが、そのほとんどが私たちのように国衙の神官となって信仰をつたえ残るか、
戦で潰されるか。
源平の戦の後代、皆の者とは長らく音信が途絶えていると聞いた。(サクヤ)」
※当時の陰陽師たちの間では、己の本名を知られるとそれに呪いをかけられるとし、いくつかの偽名を持っていた。
「それ以外にも忍びとなり里で呪法を伝えるものもいたというが・・・。皆消息は。(サクヤ)」
「じゃあ、生き残ったのは俺たちだけなのか・・・?(テルヒコ)」
「いたとしても、その記憶はほとんど滅びている。攻撃は今でも続いている・・・(サクヤ)」
「平安から今まで、私たちは魔軍と戦い続けてきた。(サクヤ)」
「み~んな、バケモンにされちまったんだろぅよ、ハハッ。(乾いた笑いをするシマコ)」
※バケモノ=滅亡した一族の多くの人々は、魔軍イブキと魔王の侵攻により取り込まれ土蜘蛛にされてしまった。
(※ラジオドラマ7話に登場のシーン)
千年の時を経て集った、三人。
事情を未だ完璧には呑み込めずにいるテルヒコ、深刻な表情のサクヤ、凍てついた笑みのシマコ。
三人の顔は一様に暗かった。
だがしばらくして、シマコは二人のうつむく顔を見て、膝を叩き、
無理に彼女らを元気付けるようにその顔に笑みを戻した。
「まあでもよ、あんたらが生きているってことは・・・
オレもまだ死ねない理由があるというこった!くたばっちまったら、それまでだぜ。(シマコ)」
「いま、俺たちにできることをやろうぜ。もう、それしか・・・。(シマコ)」
それまで押し黙って彼ら祖先の伝承を聞いていたテルヒコは、シマコとサクヤの顔を見てついにこう言った。
「・・・・・俺はずっと引っかかっていた、何か大きなことを。昔にとても大切なことを忘れてしまっているような気がするんだ・・・。
シマコ・・・といったな。それに、サクヤ。(テルヒコ)」
(どうせ、なりふり構うことのない命だ・・・!)
「俺は、賭ける。戦場で根無し草のように散るより断然いい。(テルヒコ)」
「どうせ出会ったんだ、俺はこの命の使い道を、お前らに懸けてみることにする。(テルヒコ)」
「信じるよ、その話・・・!(テルヒコ)」
シマコとサクヤの眼は、テルヒコの真剣な目に吸い込まれていた。
惹きつけあう三つの魂は、ついに聖地にて再会した。
「・・・・・・ボドボドになっても変わんねえなあお前も!(パァーンッ!)なあ王子よお!(うれし泣きになりながらテルヒコの背中を叩くシマコ)」
「その呼び方はよせ・・・・うわあ気持ち悪い!離れろ追っかけるな!うぁあああああー!!!(テルヒコ)」
「なんだよ~いいじゃねえかぁあー!それくらいならまだイケるな!明日にゃソッコーで思い出しそうだ。あはは!(シマコ)」
「気に入ったわ!(この男たち、面白い・・・!)(サクヤ)」
ふざけて屋敷の外を駆けまわるシマコに追われて走るテルヒコの眼は、それまでの寡黙な戦士の眼付とまったく変わっているかのようだった。
「(まるで、少年のような無邪気な目に変わっている・・・!)(サクヤ)」
二人の男たちの追いかけ合う姿を見たサクヤの前に、置かれた三つの神器(レガリア)・・・。
テルヒコの鏡(天照伊弉)、シマコの持つ剣(竜宮霊斬)、サクヤの胸にかけられた勾玉(咲夜威座)。
皇室に継承された三種の神器の原型となったプロトタイプ
神秘の(三神器)-。
そのころ、延岡は務志賀軍営(大友宗蘭陣屋)にて・・・。
赤い逆十字の旗が靡く、当時最新鋭の重火器で包囲された宗蘭の根城。
ジュゴオオオオオオ!(魔軍共の巣窟)
糸を引き水音を立て、次々と孵化してゆく土蜘蛛軍たち。
「次々と育つ、わが聖霊が・・・・・!(大友宗蘭)」
煌びやかな南蛮物のロングコート、鉄の鎖、鈍重なる逆十字を胸に下げた瘦せ身の男から放たれる新たなる瘴気(マガ)。
猫のような切れ長の目―。この時代最も熱い情熱をもって、その理想郷(ユートピア)のビジョンをこの地に見た男
「わたしの国・・・・・・・わが無鹿(ムジカ)ァア―!(大友宗蘭)」
※ムジカ=ラテン・スペイン語で美しい音楽(Musica)、その旋律。宗蘭は彼の本拠地をキリシタンの理想郷=ムシカ(無鹿)と呼んだ。
彼ら三人を遠くより見据えるその猛悪なる影は、夢追い人(ドリーマー)大友宗蘭・・・!