僕は夢を見る。そして、君は現実を唄う
プロローグ
壇上で演説をする彼女はとても美しかった。僕なんかには到底届かない場所にい
て、一生関わることなんてないだろう。容姿端麗であり、人格者の彼女。詰まること
を知らない彼女の演説に勝てる者などいるのだろうか。生徒会長選挙に出た彼女はも
ちろん当選した。ライバル二人、いやライバルと呼んでいいのだろうか。得票数こそ
わからないものの、圧倒したのだろう。
後日、正面玄関には立候補者の名前があり、彼女の名前にだけ華がついていた。僕
はその華を群衆と傍観していた。次第に人は増えていき、もみくちゃになって、その
中から追い出された。
何だっけこれ。
人混みのすぐ横にペンダントが落ちていた。トップにはピンポン球ほどの球体がつ
いていて、金色の金属でできたリボンがやけに目を惹いた。所々錆びていたそれはど
こかで見たことがありそうで、喉のところで引っ掛かって、思い出せなかった。その
ペンダントをすぐに拾って、ポケットに突っ込んだ。理由は僕のものだと思われたく
なかったからだ。無視をして誰かに踏まれて壊れるのもなんか嫌だった。だからと言
って、手で持っていては、リボンのせいで変な勘違いをされる可能性があると思っ
た。実に身勝手で我が身第一主義な行動だけど、特に罪悪感はなかった。それより、
変に人と関わる可能性を極限まで減らしたかった。
「新おはよ！」
「何だ、石川か」
僕の背中を叩いたのは石川鶇。石川は少しイケメンで一度だけ彼女ができたことが
ある何とも言えないレベルの男子。少なくとも僕よりは社交的だ。小学校からの付き
合いだったからか、今でもこうして一応仲良くしている。
「何を隠したんだよ」
「別に何でもないよ」
僕はペンダントを石川に見えないようにもっと奥に押し込んだ。やっぱりリボンの
せいで何となく、僕が持っていると変な勘違いをされるような気がした。
特に変わらない一日。毎日違う色をした一日を過ごしている人なんていない。クラ
スの中心的な存在の僕とは対照的な人でさえ、いつも同じようなことで笑っているだ
け。僕はほとんどの時間、窓から外を眺めていた。昨日も今日も明日もいつも同じ。
授業はつまらない。教科書を見れば、そんな内容は誰でも理解できる。だからぼーっ
と一日中外を眺めている。僕の席は一番窓側かつ最後列にあって、最も外界からの連
絡を遮断できる一番いい席。外を見つめていると鳥が見える。人間からすると、肉身
一つで飛ぶという行為は非現実的で、希望などほとんどない世界に夢を齎してくれる
ような気がした。広大な空は小さな頃に感じていた世界の広さを取り戻してくれる、
いや一時的に僕をこの世界から離して、守ってくれるように感じた。こんな癖のよう
な妄言を心の中で呟いたり、妄想を広げるのは、どんどん現実から僕を離してくれる
から好きだった。
放課後、教室で永遠と話し続けるクラスの中心グループから逃げるように、教室を
出た。廊下に出るとどこからか女子が口ずさむ曲が、異様に耳に入ってきた。『君と
なら⋯⋯』という曲。僕の脳内ではボーカルを補正するように、ピアノの鮮やかなメ
ロディが付け足されていく。
思い出した――。
「君、ちょっといい？」
僕が再生していた曲は強制停止された。僕は何故かあのペンダントを手に持ってい
て、声をかけてきた彼女は僕の手元を指差し、「それ、私の」と言ってきた。まるで
僕が盗んだみたいになりかねない状況だった。帰る途中どこかで捨ててしまおうかと
思っていたペンダント。何でポケットから出したんだろう。本来なら僕は弁明する必
要があったのだろう。だけど、窓から刺す夕焼けが、白砂唄という女子の魅力を際限
なしに惹き立たせ続けていた。黒く長い十勝石のように煌る髪は一本に束ねられてい
て、鼻はスッと通っている。色白で細身。そんな彼女に僕は魅了されていて、弁解ど
ころではなかった。
「拾ってくれてありがと。それ返してほしい」
モジモジせずに、思ったことをストレートに言う彼女。でも僕を不快にさせないよ
うに気を使ったのか、口調は優しかった。彼女の目からは一切、棘を感じなかった。
初めて話す僕にも、彼女の性格の良さがたったの二言でわかった。
「これ、朝拾ったんだけど、誰のかわからなくてさ」
「そうだったんだ、ありがとう」
僕は彼女にペンダントを返した。その時、僕の指先が白砂の手のひらに当たった。
少しドキッとした。
「……それで、落とし物届けに職員室に行こうとしてたんだ」
嘘をついた。この場面で最適な嘘だ。「ちょうど良かったね」彼女は疑いもしない
綺麗な笑顔を僕へ向けてきた。
でも、白砂唄という人間を見ていると、僕が決意したことが正しくなかったように
感じて仕方がなかった。
壇上で演説をする彼女はとても美しかった。僕なんかには到底届かない場所にい
て、一生関わることなんてないだろう。容姿端麗であり、人格者の彼女。詰まること
を知らない彼女の演説に勝てる者などいるのだろうか。生徒会長選挙に出た彼女はも
ちろん当選した。ライバル二人、いやライバルと呼んでいいのだろうか。得票数こそ
わからないものの、圧倒したのだろう。
後日、正面玄関には立候補者の名前があり、彼女の名前にだけ華がついていた。僕
はその華を群衆と傍観していた。次第に人は増えていき、もみくちゃになって、その
中から追い出された。
何だっけこれ。
人混みのすぐ横にペンダントが落ちていた。トップにはピンポン球ほどの球体がつ
いていて、金色の金属でできたリボンがやけに目を惹いた。所々錆びていたそれはど
こかで見たことがありそうで、喉のところで引っ掛かって、思い出せなかった。その
ペンダントをすぐに拾って、ポケットに突っ込んだ。理由は僕のものだと思われたく
なかったからだ。無視をして誰かに踏まれて壊れるのもなんか嫌だった。だからと言
って、手で持っていては、リボンのせいで変な勘違いをされる可能性があると思っ
た。実に身勝手で我が身第一主義な行動だけど、特に罪悪感はなかった。それより、
変に人と関わる可能性を極限まで減らしたかった。
「新おはよ！」
「何だ、石川か」
僕の背中を叩いたのは石川鶇。石川は少しイケメンで一度だけ彼女ができたことが
ある何とも言えないレベルの男子。少なくとも僕よりは社交的だ。小学校からの付き
合いだったからか、今でもこうして一応仲良くしている。
「何を隠したんだよ」
「別に何でもないよ」
僕はペンダントを石川に見えないようにもっと奥に押し込んだ。やっぱりリボンの
せいで何となく、僕が持っていると変な勘違いをされるような気がした。
特に変わらない一日。毎日違う色をした一日を過ごしている人なんていない。クラ
スの中心的な存在の僕とは対照的な人でさえ、いつも同じようなことで笑っているだ
け。僕はほとんどの時間、窓から外を眺めていた。昨日も今日も明日もいつも同じ。
授業はつまらない。教科書を見れば、そんな内容は誰でも理解できる。だからぼーっ
と一日中外を眺めている。僕の席は一番窓側かつ最後列にあって、最も外界からの連
絡を遮断できる一番いい席。外を見つめていると鳥が見える。人間からすると、肉身
一つで飛ぶという行為は非現実的で、希望などほとんどない世界に夢を齎してくれる
ような気がした。広大な空は小さな頃に感じていた世界の広さを取り戻してくれる、
いや一時的に僕をこの世界から離して、守ってくれるように感じた。こんな癖のよう
な妄言を心の中で呟いたり、妄想を広げるのは、どんどん現実から僕を離してくれる
から好きだった。
放課後、教室で永遠と話し続けるクラスの中心グループから逃げるように、教室を
出た。廊下に出るとどこからか女子が口ずさむ曲が、異様に耳に入ってきた。『君と
なら⋯⋯』という曲。僕の脳内ではボーカルを補正するように、ピアノの鮮やかなメ
ロディが付け足されていく。
思い出した――。
「君、ちょっといい？」
僕が再生していた曲は強制停止された。僕は何故かあのペンダントを手に持ってい
て、声をかけてきた彼女は僕の手元を指差し、「それ、私の」と言ってきた。まるで
僕が盗んだみたいになりかねない状況だった。帰る途中どこかで捨ててしまおうかと
思っていたペンダント。何でポケットから出したんだろう。本来なら僕は弁明する必
要があったのだろう。だけど、窓から刺す夕焼けが、白砂唄という女子の魅力を際限
なしに惹き立たせ続けていた。黒く長い十勝石のように煌る髪は一本に束ねられてい
て、鼻はスッと通っている。色白で細身。そんな彼女に僕は魅了されていて、弁解ど
ころではなかった。
「拾ってくれてありがと。それ返してほしい」
モジモジせずに、思ったことをストレートに言う彼女。でも僕を不快にさせないよ
うに気を使ったのか、口調は優しかった。彼女の目からは一切、棘を感じなかった。
初めて話す僕にも、彼女の性格の良さがたったの二言でわかった。
「これ、朝拾ったんだけど、誰のかわからなくてさ」
「そうだったんだ、ありがとう」
僕は彼女にペンダントを返した。その時、僕の指先が白砂の手のひらに当たった。
少しドキッとした。
「……それで、落とし物届けに職員室に行こうとしてたんだ」
嘘をついた。この場面で最適な嘘だ。「ちょうど良かったね」彼女は疑いもしない
綺麗な笑顔を僕へ向けてきた。
でも、白砂唄という人間を見ていると、僕が決意したことが正しくなかったように
感じて仕方がなかった。
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