歳の差 ~15歳年下男子は、恋愛対象ですか?~
返事はひとまず保留とし、颯太と一緒に実家を出た。
繋いでいる颯太の手が、小刻みにずっと震えている。


「瑛美さん」

「ん?」

「俺、頭の整理も心の整理も、全然ついてないんだけど」

「うん」

「怖い。今はただ、それだけ」


そうか、だから手がずっと・・・。


「少なくとも今は普通に歩けて、こうやって瑛美さんと並んで歩くこともできるけど、もしかしたら、一緒に歩くことだって難しくなるかもしれない」

「・・・うん」

「サッカーやれるどころか、一生車いすの生活になったら、瑛美さんにずっと迷惑かけることになるだろうし」

「颯太・・・」

「だけど・・・」

「うん」

「だけど、可能性があるかもしれないって言われたら、正直気持ちが揺れる。もしかしたらまた・・・って、思っちゃうんだよね」

「うん」

「瑛美さん。あの約束覚えてる?」

「約束?」

「そう。俺と一緒に、イギリス行ってくれるって約束」


そういえば・・・『俺と必ず一緒に行くって、約束して』って颯太に言われて。
いいよって、私が。


「覚えてるよ。いいよって言ったよね」

「・・・一緒に、行かない?」

「え?」

「一緒に、イギリス」


一緒に?
それって、いつ? 何日くらい? 仕事は? 社長に何て言う?

急に現実が襲ってくる。


「ごめん、嘘だよ。そんなに困った顔しないでよ」

「あ、うん・・・ごめん」

「さっきの話、ひとりで少し考えていいかな」

「もちろん」

「じゃ、ここで」

「うん、気を付けて」


駅の改札に入る颯太を見送りながら、どこかでホッとしている自分がいて、そんな自分がすごく嫌だった。

手術やリハビリに苦しむ颯太を、長期間支える自信なんて無いよ。

『大丈夫だよ』なんて言えない。
何を根拠にそう言える?

ただ口にするだけなんて、無責任だよね・・・。

実家に戻ると、兄がイギリスに電話をしているらしく、英語のやり取りが聞こえた。


「瑛美ちゃん、帰ってたの?」

「うん・・・結子さん、私、自分が嫌になった」

「あら、どうして?」

「私、苦しむ颯太を支える自信が無くて。彼女っていっても、結局何もできない。怖い」

「そうよね。さっき敦弘(あつひろ)さんも言ってたけど、かなり道のり長そうだったものね」

「どうしよう・・・私」

「瑛美は、ただそばにいるだけでいいんだよ」


いつの間にか電話の終わった兄が、結子さんと私の会話を聞いていたようだ。


「何か勘違いしてないか? 一番苦しいのは、瑛美じゃないだろ」

「・・・」

「決めるのは患者本人なんだ。いつだってね。颯太の気持ちを尊重するだけだよ」

「颯太の気持ち・・・」

「余計なことはしなくていい。ただ一緒にいるだけで、それでいい」


ただ、一緒にいるだけ。
そうだ、前に颯太も言っていた。

『一緒にいたいって、ただそれだけ思ってた。なんて言うか、一緒にいると、ひとりじゃできないことができる気がして。何かしてほしいとかそういうことじゃなくて、一緒にいてくれたら嬉しい』

そうだった。確かに兄の言う通りだ。
目の前のことで一杯になって、大事なことを忘れていた。


「ひろくん、ありがとう。私、颯太のところに行ってくる」

「余計な口は出すなよ。本人の意思を尊重な!」

「うん、分かってる」


駅に向かいながら颯太に電話したけれど、繋がらなかった。移動中だろうか。

ひとりにしてごめん・・・。
何度も心の中でつぶやきながら、私は、颯太の家に向かった。
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