婚約破棄から始まる恋~捕獲された地味令嬢は王子様に溺愛されています
 レイ様に抱きかかえられて進んでいくと

「下ろすよ」

 小さい声が聞こえてゆっくりと地面へと下ろされました。

 ずっとこのままなのかしらと諦めの境地に至っていたので、思ったよりも早く足が地についてほっとしました。

 下ろされた場所は灯りも少なくて足元が暗くて見えづらいのでちょっと不安になりました。けれど、レイ様が手を握ってくださっているので、きっと大丈夫でしょう。

「ほら、前の方を見ててごらん」

 レイ様の優しげに囁く声が耳に入りました。
 言われる通り夜が訪れた暗闇を見つめました。先ほどまでざわざわと聞こえていた人の声がしなくなり、ジッとその瞬間を待っているかのよう。

 ポアンと淡い光が目の前をよぎりました。

「蛍だよ」

 最初は一つだった光が二つ、三つと増えて、やがてたくさんの光の乱舞が始まりました。

 川の流れる音が微かに聞こえます。
 草むらに蛍が止まっているのでしょう。点滅する淡い光が川辺を彩っています。

 まるで光る宝石のよう。
 空中では夜の静寂に細い糸を引くように光がいくつも交差してたなびいて見えます。
 私は暗闇に展開する蛍のショーに圧倒されて、夢とも幻ともつかない幻想的な光景に瞬きをするのも忘れてただただ見入っていました。
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