婚約破棄から始まる恋~捕獲された地味令嬢は王子様に溺愛されています
「ヒッ……っ」
 
 誰の声なのか引きつった声が漏れました。誰かがゴクリと唾を飲み込んだ気配がします。
 呼吸を忘れるほどに会場中が完全に凍ってしまいました。

 王妃陛下が扇子を一振り、オレンジ色の大輪の薔薇がパッと咲きました。リリア様の目の前で広げた扇子を手に、優雅に扇いでいらっしゃいます。

 ああ、今日は薔薇はダメなのです。

 王妃陛下は名前の由来でもある薔薇をこよなく愛しておられて、出席されるときはドレスやアクセサリーなどに必ず薔薇のデザインをお使いになられます。それゆえ臣下である私たちはかぶらないように薔薇を一切使いません。王妃陛下よりお達しがあったわけではありませんが、礼儀として貴族間の暗黙のルールとなっています。

「婚約の記念に、エドガーが買ってくれたんです。珍しいダイアモンドを使ったとてもお高い指輪なんですよ。せっかくだから、みんなにも見せたいと思ってつけてきたんです」
 
 御前がどなたかを忘れ、状況を把握できていないリリア様のその口ぶりは無邪気な幼い子供のようです。
 確かに大ぶりのなかなかお目にかかれない逸品なのでしょうが、自慢する場はここではありません。何気に指輪をかざしてうっとりと見惚れた顔が、哀れにさえ思えてきます。
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