まじかる⭐︎ふれぐらんす -魔法少女と3LDK-
02
それより1ヶ月ほど前・・・
午後の日差しが、新居の居間に差し込む。
由希は窓際の置いてある衣装ケースに座り、新天地である丸伐町の景色を眺めた。
東京とは違う、平坦な街並み。遠くに見えるなだらかな山々が、地方に引っ越してきたという実感を由希に持たせた。
もう会社に行かなくてもいい、ということがこの上なくありがたく感じる。
引越しの後片付けは今週中にゆっくりと終わらせるつもりだった。
それよりも奥間にある、大切な宝物は今日中に整理しなければならなかった。
古書はデリケートだ。少しの環境の変化ですぐに紙が痛んでしまうので、乾燥剤や冷暖房の設置が不可欠だ。
(私の人生の第二章が、今日から始まるってわけか。この街に早く馴染めればいいな)
由希は今までに味わったことのないような期待感で胸が満たされていた。
夢にまで見ていた、専業作家という仕事。家族や友人、出版社には反対されたが、不安よりもまだ見ぬ明日への好奇心が大きかった。地方移住ブームの波に乗り、心がささくれ立つコンクリートジャングルを抜け出したかった。
由希が移住先にこの丸伐町を選んだ理由は、子供の頃に家族旅行で訪れたこの街が気に入ったからだった。
生まれ育ちも都会の由希にとって、のんびりと時間が過ぎていくこの街の空気が新鮮に感じられた。
特にこのアパートは国道沿いで利便性が良い割に緑が多く、海からも近い。
由希が引っ越してきた3階建てのアパート、雪重荘は名前こそ古風ではあるが、一階にはコンビニが入居しており、バス停は目の前(もっとも地方は車社会なので鉄道やバスはあまり使わない)という良物件だ。国道沿いであるためやや騒がしい感もあるが、東京の喧騒に比べれば可愛いものだ。
すると突然、玄関のインターホンが鳴り響く。
午後の日差しに黄昏ていた由希は一瞬で現実に引き戻された。
(あれ、誰だろう?)
部屋着で髪もボサボサなので、由希は急いで髪を結い、ジーンズとTシャツに着替えた。
しばらくするともう一度、催促するようにインターホンがなった。
「ちょっと待ってよお・・・」
「茂上さーん、茂上さああああん」
と、甲高い声が聞こえる。
由希はドアスコープを恐る恐る覗いた。
(・・・子供?)
二人の少女がドアの前に立っている。
相手が子供であることに由希は少しほっとしてドアを開けた。
一人の少女は赤いカチューシャをつけたボブカットをしており、丸顔で目鼻立ちがとてもハッキリした顔つきだ。
もう一人はロングヘアで、色白の瓜実顔に奥二重の瞳を持っていた。ショートヘアの少女とは違い、ジャンパースカートの制服を着ている。
見た目からして対照的な印象の二人だが、共通して可愛らしい顔つきであるのは間違いなかった。
「このアパートの住人です! 引越しのお手伝いに来ましたー!」
ボブカットの少女は言った。
「あの、突然すいません。このアパート、本当は大人たちが引っ越しのお手伝いをする決まりなんですが、どうしてもみんな手が離せないので・・・」
とロングヘアの少女。
「お手伝いに来てくれたの? ありがとー」
由希は可愛らしい小学生に思わず顔が綻ぶ。
(そういえば)と、由希は思い出した。
引越しの前、不動産屋に「住人の共助で、引越しの手伝いがある」と聞かされていた。それを受けるのも受けないのも自由だったが、なかなか変わった風習だと思い、由希は興味本位でOKしたことを忘れていた。
「初めまして!私、隣の201号室に住んでいる、水瀬 莉愛です!」
とボブカットの少女がいうと、ロングヘアの少女はやや緊張した面持ちで、
「えと、私は・・・。穗積 紗南です。莉愛ちゃんとは学校は違いますが・・・。同じ小学3年生です。隣の203号室に住んでます。」
「えっと まず何から手を付ける?」莉愛が部屋中を見回す。
「あ、リビングとかは後回しでいいよ。それよりもまずこの部屋から終わらせたいんだ」
と、由希は居間の隣にある奥間のドアを開けた。部屋には無数の古書がダンボールの中に積まれている。
「わー すごい本の数。本屋さんみたーい」
莉愛は置かれてある本を手に取ってパラパラと捲る。すると眉間にシワを寄せ、
「ねー ボコボココミックってないの?」
「ボコボココミックは・・・ちょっとないかな」
「あっ! この本読んでもいいですか?前から読んでみたかったんです」と紗南。
「え? あ、いいよ」
紗南は本を取り出すと、大事そうにページを捲った。
小学3年生が読むには少し難解な海外文学だったが、紗南には理解できるようだ。
「すごいねー。こんな難しい本、読めるんだね」
由希がそういうと紗南は少し照れたように、コクリとうなずく。
「昔から本だけは好きで・・・。学校の図書館の本は全部読んじゃいました」
紗南を見ていると、由希は小学生の頃の自分を思い出す。
(あの頃の私も本の虫だったっけ)
「この本重い! ね、これどこの棚に入れればいいの?」
莉愛は手当たり次第にダンボールから大型の学術書を取り出して、無理に何冊も重ねて持ち今にも倒れそうになっている。
「あわわ・・・ 無理に持たなくてももいいんだよ」
かなり値が張る代物で、落として傷でもついたら事だ。由希はハラハラしながらもそれを手伝った。
二人の少女は由希の指示の元、テキパキと働いてくれた。
書庫の整理は一時間もかからずに終わり、乾燥剤やその他の器具の設置も莉愛と紗南が手伝ってくれたため、由希は無駄な体力を使わずに済んだ。
「ふう、じゃあ休憩しよっか。何か飲む?・・・といいつつ、引っ越し初日だから何もないや」
「じゃあ、下のコンビニに行こうよ」と莉愛。
「うん。じゃあ、そうしよっか」
一階のコンビニの中には広いイートインコーナーがあるのだった。
コンビニのドアを開けるや否や、莉愛はレジにへと駆け出した。
「パパー!!」
レジ裏のタバコを詰めていた店員に莉愛は叫ぶ。
「お、莉愛。お疲れさま」
「え? パパ?」と由希。
「そーだよ。莉愛のパパ、ここの店長さんなんだよ」
「おお。あなたが新しく越してきた茂上さんですね。初めまして。本当は我々が引っ越しの手伝いにいかなければいけないのですが、どうにも手が回らなくて・・・」
「いえいえ、とんでもないです」
莉愛の父親、克巳かつみは筋骨隆々のマッチョだ。が、威圧感は全くなく、むしろハンサムで朗らかな笑顔が印象的で、莉愛の朗らかさはまさにこの父親あってのものだった。
由希は二人の少女に飲み物と餡饅を買ってあげ、イートインの席に座った。
「広いねー 喫茶店みたい。ここまで広いコンビニは東京にはほとんどないよ」
由希がそう言った瞬間、莉愛は突然立ち上がって、
「由希姉って東京から来たの!?」
「ゆ、由希姉・・・?」初めての呼ばれ方に由希は困惑する。
「東京って芸能人ばかりなんでしょ?」
「い、いや、別にそんなんでも・・・」
「東京のどこに住んでたの!?竹下通り?センター街?六本木ヒルズ?」
これ以上ないくらいキラキラした、純粋な目つきで莉愛は由希に問い詰める。
「すごーい・・・!由希姉も可愛いからアイドルかなんかだったんでしょ」
と言われ由希は決して悪い気はしなかったが、少し気恥ずかしかった。
(今は無理に現実を教えない方がいいかな)
莉愛が由希に質問責めしている間、紗南は隣で由希の書庫から借りた小説を読んでいた。
「・・・読み終わっちゃいました」
「え? もう読み終わったの」
「はい。でも主人公がかわいそうで・・・ううう」
紗南の目に涙が浮かんでくる。
「紗南、泣かないの。もう3年生でしょ」と莉愛。
「ううう・・・由希さんすいません。これ、お返ししますね」
「ううん。そんなに感動してくれてその本も喜んでるよ。これは紗南ちゃんに引っ越し祝いであげるね」
由希がそう言うと、紗南の泣き顔が少しだけ晴れた。
「いいんですか?」
「うん。これからも読みたい本があったら貸してあげる」
「わあああ ありがとうございます。嬉しい!」
二人の少女のあどけない笑顔に囲まれていると、由希は遠い昔に忘れてしまった大切な何かを思い出すような気がした。
(こういうのって久しぶりだなあ・・・ ふふ、この子たちのおかげで新生活、楽しくなりそう)
午後の日差しが、新居の居間に差し込む。
由希は窓際の置いてある衣装ケースに座り、新天地である丸伐町の景色を眺めた。
東京とは違う、平坦な街並み。遠くに見えるなだらかな山々が、地方に引っ越してきたという実感を由希に持たせた。
もう会社に行かなくてもいい、ということがこの上なくありがたく感じる。
引越しの後片付けは今週中にゆっくりと終わらせるつもりだった。
それよりも奥間にある、大切な宝物は今日中に整理しなければならなかった。
古書はデリケートだ。少しの環境の変化ですぐに紙が痛んでしまうので、乾燥剤や冷暖房の設置が不可欠だ。
(私の人生の第二章が、今日から始まるってわけか。この街に早く馴染めればいいな)
由希は今までに味わったことのないような期待感で胸が満たされていた。
夢にまで見ていた、専業作家という仕事。家族や友人、出版社には反対されたが、不安よりもまだ見ぬ明日への好奇心が大きかった。地方移住ブームの波に乗り、心がささくれ立つコンクリートジャングルを抜け出したかった。
由希が移住先にこの丸伐町を選んだ理由は、子供の頃に家族旅行で訪れたこの街が気に入ったからだった。
生まれ育ちも都会の由希にとって、のんびりと時間が過ぎていくこの街の空気が新鮮に感じられた。
特にこのアパートは国道沿いで利便性が良い割に緑が多く、海からも近い。
由希が引っ越してきた3階建てのアパート、雪重荘は名前こそ古風ではあるが、一階にはコンビニが入居しており、バス停は目の前(もっとも地方は車社会なので鉄道やバスはあまり使わない)という良物件だ。国道沿いであるためやや騒がしい感もあるが、東京の喧騒に比べれば可愛いものだ。
すると突然、玄関のインターホンが鳴り響く。
午後の日差しに黄昏ていた由希は一瞬で現実に引き戻された。
(あれ、誰だろう?)
部屋着で髪もボサボサなので、由希は急いで髪を結い、ジーンズとTシャツに着替えた。
しばらくするともう一度、催促するようにインターホンがなった。
「ちょっと待ってよお・・・」
「茂上さーん、茂上さああああん」
と、甲高い声が聞こえる。
由希はドアスコープを恐る恐る覗いた。
(・・・子供?)
二人の少女がドアの前に立っている。
相手が子供であることに由希は少しほっとしてドアを開けた。
一人の少女は赤いカチューシャをつけたボブカットをしており、丸顔で目鼻立ちがとてもハッキリした顔つきだ。
もう一人はロングヘアで、色白の瓜実顔に奥二重の瞳を持っていた。ショートヘアの少女とは違い、ジャンパースカートの制服を着ている。
見た目からして対照的な印象の二人だが、共通して可愛らしい顔つきであるのは間違いなかった。
「このアパートの住人です! 引越しのお手伝いに来ましたー!」
ボブカットの少女は言った。
「あの、突然すいません。このアパート、本当は大人たちが引っ越しのお手伝いをする決まりなんですが、どうしてもみんな手が離せないので・・・」
とロングヘアの少女。
「お手伝いに来てくれたの? ありがとー」
由希は可愛らしい小学生に思わず顔が綻ぶ。
(そういえば)と、由希は思い出した。
引越しの前、不動産屋に「住人の共助で、引越しの手伝いがある」と聞かされていた。それを受けるのも受けないのも自由だったが、なかなか変わった風習だと思い、由希は興味本位でOKしたことを忘れていた。
「初めまして!私、隣の201号室に住んでいる、水瀬 莉愛です!」
とボブカットの少女がいうと、ロングヘアの少女はやや緊張した面持ちで、
「えと、私は・・・。穗積 紗南です。莉愛ちゃんとは学校は違いますが・・・。同じ小学3年生です。隣の203号室に住んでます。」
「えっと まず何から手を付ける?」莉愛が部屋中を見回す。
「あ、リビングとかは後回しでいいよ。それよりもまずこの部屋から終わらせたいんだ」
と、由希は居間の隣にある奥間のドアを開けた。部屋には無数の古書がダンボールの中に積まれている。
「わー すごい本の数。本屋さんみたーい」
莉愛は置かれてある本を手に取ってパラパラと捲る。すると眉間にシワを寄せ、
「ねー ボコボココミックってないの?」
「ボコボココミックは・・・ちょっとないかな」
「あっ! この本読んでもいいですか?前から読んでみたかったんです」と紗南。
「え? あ、いいよ」
紗南は本を取り出すと、大事そうにページを捲った。
小学3年生が読むには少し難解な海外文学だったが、紗南には理解できるようだ。
「すごいねー。こんな難しい本、読めるんだね」
由希がそういうと紗南は少し照れたように、コクリとうなずく。
「昔から本だけは好きで・・・。学校の図書館の本は全部読んじゃいました」
紗南を見ていると、由希は小学生の頃の自分を思い出す。
(あの頃の私も本の虫だったっけ)
「この本重い! ね、これどこの棚に入れればいいの?」
莉愛は手当たり次第にダンボールから大型の学術書を取り出して、無理に何冊も重ねて持ち今にも倒れそうになっている。
「あわわ・・・ 無理に持たなくてももいいんだよ」
かなり値が張る代物で、落として傷でもついたら事だ。由希はハラハラしながらもそれを手伝った。
二人の少女は由希の指示の元、テキパキと働いてくれた。
書庫の整理は一時間もかからずに終わり、乾燥剤やその他の器具の設置も莉愛と紗南が手伝ってくれたため、由希は無駄な体力を使わずに済んだ。
「ふう、じゃあ休憩しよっか。何か飲む?・・・といいつつ、引っ越し初日だから何もないや」
「じゃあ、下のコンビニに行こうよ」と莉愛。
「うん。じゃあ、そうしよっか」
一階のコンビニの中には広いイートインコーナーがあるのだった。
コンビニのドアを開けるや否や、莉愛はレジにへと駆け出した。
「パパー!!」
レジ裏のタバコを詰めていた店員に莉愛は叫ぶ。
「お、莉愛。お疲れさま」
「え? パパ?」と由希。
「そーだよ。莉愛のパパ、ここの店長さんなんだよ」
「おお。あなたが新しく越してきた茂上さんですね。初めまして。本当は我々が引っ越しの手伝いにいかなければいけないのですが、どうにも手が回らなくて・・・」
「いえいえ、とんでもないです」
莉愛の父親、克巳かつみは筋骨隆々のマッチョだ。が、威圧感は全くなく、むしろハンサムで朗らかな笑顔が印象的で、莉愛の朗らかさはまさにこの父親あってのものだった。
由希は二人の少女に飲み物と餡饅を買ってあげ、イートインの席に座った。
「広いねー 喫茶店みたい。ここまで広いコンビニは東京にはほとんどないよ」
由希がそう言った瞬間、莉愛は突然立ち上がって、
「由希姉って東京から来たの!?」
「ゆ、由希姉・・・?」初めての呼ばれ方に由希は困惑する。
「東京って芸能人ばかりなんでしょ?」
「い、いや、別にそんなんでも・・・」
「東京のどこに住んでたの!?竹下通り?センター街?六本木ヒルズ?」
これ以上ないくらいキラキラした、純粋な目つきで莉愛は由希に問い詰める。
「すごーい・・・!由希姉も可愛いからアイドルかなんかだったんでしょ」
と言われ由希は決して悪い気はしなかったが、少し気恥ずかしかった。
(今は無理に現実を教えない方がいいかな)
莉愛が由希に質問責めしている間、紗南は隣で由希の書庫から借りた小説を読んでいた。
「・・・読み終わっちゃいました」
「え? もう読み終わったの」
「はい。でも主人公がかわいそうで・・・ううう」
紗南の目に涙が浮かんでくる。
「紗南、泣かないの。もう3年生でしょ」と莉愛。
「ううう・・・由希さんすいません。これ、お返ししますね」
「ううん。そんなに感動してくれてその本も喜んでるよ。これは紗南ちゃんに引っ越し祝いであげるね」
由希がそう言うと、紗南の泣き顔が少しだけ晴れた。
「いいんですか?」
「うん。これからも読みたい本があったら貸してあげる」
「わあああ ありがとうございます。嬉しい!」
二人の少女のあどけない笑顔に囲まれていると、由希は遠い昔に忘れてしまった大切な何かを思い出すような気がした。
(こういうのって久しぶりだなあ・・・ ふふ、この子たちのおかげで新生活、楽しくなりそう)